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2020年12月29日 火曜日

12月29日:役割が自己を作る

12月29日(火):役割が自己を作る

 今日は朝の内は家の大掃除の手伝いをする。これは前々から約束していたことだ。家に住まわせてもらっている以上、そういう約束はすべて守る。
 ただ、昨日から左足のアキレス腱がやたらと痛い。少し伸ばしただけでズキンと痛みが走る。この足を庇いながらの作業となったので、なかなか骨の折れることとなった。
 その後、借りていたDVDの返却に行く。朝に服用した鎮痛剤が効いたのか、この時は割と普通に歩行することができた。
 そこから駅へ向かうが、途中コンビニでおにぎりを買い、道中にあるパチンコ屋のベンチでそれを食する。こういうのも案外いいものだ。
 それから高槻へ。本来なら今日は定休日なんだけれど、夜に一件だけ仕事が入っていた。そのために出勤するというのは大げさだ。加えていくつかの用事もこなそうと計画していた。
 その用事の一つに大掃除の準備があった。明日と明後日の両日で大掃除をやってしまおうという計画なんだけれど、今日のうちに準備だけはしておきたいと思っていた。だけど、これは面接終了後でないとできないことなので、職場入りするとずっとブログ等を書いて過ごした。
 面接時間の直前、クライアントからキャンセルの電話が入る。うすうす予感していたことでもあるので驚きもしなかった。今日支払うお金がないか、交際相手から止められたかしたのだろう。どっちでもいいことだ。
 僕は彼を病人扱いしないし、子ども扱いもしない。彼の年齢相応の人間として相手する。それが彼にとって厳しかろうと、いずれ彼はそれに直面していかなければならないのだ。それに、クライアントを人間として尊重するとはそういうことだと僕は信じている。子ども扱いしたり病人扱いすることは、クライアントを卑下していることなのだ。
 しかし、彼はどうするつもりなんだろうか。生きていけるのだろうか。人格障害圏や精神病圏内の人たちはまずそこを考えない。ある意味ではそこを一緒に考えていくのがカウンセリングであると僕は定義している。どうやって生きていくのか、何を目的にして生きていくのか、どんな人間として生きていくのか、そういった問題に取り組んでいくのだ。
 僕たちは生きているといろんな「役割」を持つ。自己が形成されて役割取得が生まれるとは限らない。一般にそのように考える人も多いように思うのだけれど僕はそうは考えない。G・H・ミードらが言うように、役割が自己を形成していくものだと思う。
 彼は一つの役割を取得していくことが求められていると、僕から見るとそのように思えてくるのだ。それは社会の中で生きていくための「役割」である。役割を取得し、その役割を身につけていくことが大事な時期だと見立てている。いきなり飛躍するのはさすがに無理であるとしても、段階を踏んで徐々にであれば彼はできるだろうと僕は信じているのだ。彼はそれができない人間だとは僕は思っていない。
 さて、話は前後するけれど、精神病とはいかなる役割も身につけることができない人たちであると、そのように定義することも可能であると僕は思う。いささか極端に言えば、家族においても、「子」という役割を持つことも「親」という役割を持つこともない。仕事においてもいかなる役割を担えない。生活者においても同様である。そのような人はそれこそ「誰でもない」人間と言うことのできる存在である。
 そして、役割は周囲との関係を規定する。ある意味では枠組みを与えてくれる部分もある。それは関係を束縛するというよりも、関係に方向性を与えてくれるものである。自分の役割、相手の役割がしっかりしている関係である場合、そうでない関係よりも、はるかに人間関係が容易になるものだ。
 人間関係に悩むという人の多くは、その場面で自分がいかなる役割を担っているのかが不明であるという時に問題を感じるようである。友人として接したらいいのか、部下として接したらいいのか、子供として接したらいいのか、敵として接したらいいのか、相手との関係において自分がどういう役割を取ればいいのかが分からない時が一番困るようである。
 アイデンティティには複数の側面があるのだけれど、その一つも役割である。役割はその人のアイデンティティ形成に寄与するし、アイデンティティの一部となり得るものである。複数の役割が身につくということは、それだけ彼のアイデンティティが多面的になるわけである。健全なアイデンティティ感覚とはそういうものではないかと僕は思う。
 ただ、今の話で重要なのは、アイデンティティが多面的であっても、一貫した自己の感覚を持っていることである。それぞれの役割が彼の中でつながっていなければならない。つながりが全くないという場合、それはアイデンティティが拡散しているということになるだろうと思う。役割を身に付けつつ、自己をも喪失しないこと、今日のクライアントとはそれを目指していこうとも思っていた。しかし、この二本柱は結局は一本である。役割が自己を発見するのである。

 さて、彼のことはもういい。キャンセルの電話があってチャンスとばかりにこれを書き始めた。今日はブログを書く時間がないなと思っていたのだけれど、いい機会だ、書いておこうと思い立った。
 僕はカウンセラーという役割を一旦降りる。この後、大掃除の準備をするのだけれど、経営者というか管理者というか、そういう役割に自分を持っていく。その後、今日は少しだけ友達と会う約束をしていた。そこでは僕は一私人に戻り、友人の役割を担っていくつもりだ。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)



投稿者 高槻カウンセリングセンター

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