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2020年12月25日 金曜日

12月25日:書架より~『ゲシタルト心理学入門』

12月25日(金):書架より~『ゲシタルト心理学入門』(W・ケーラー)

 コフカ、ウェルトハイマーと並ぶゲシタルト(ゲシュタルトとしたいのだけれど本書に倣ってこう表記する)心理学の三大巨匠の一人、W・ケーラーの晩年の講義集。4回にわたる講義とその手稿を修正しての刊行なのだが、その仕事を最後まで仕上げる以前にケーラーが逝去してしまい、弟子たちが完成させたという経緯を持つ本だ。
 ゲシタルト心理学は幅広い研究領域を持つものであるが、その研究は知覚の領域から始まった。その一つに仮現運動の研究がある。
 仮現運動というのは、日常お目にかかる機会の多い馴染みの現象で、例えば二つの電球を交互に点滅させる。すると光が一方から他方へ動いているように見える。これが仮現運動というものだ。自動販売機やネオンサイン、パチンコ台なんかでしょっちゅうお目にかかる現象だ。
 本来、そこには電球の点滅しかないわけだけど、人間はそこに運動を見るわけだ。この現象に関してはそれ以前からも知られており、それは「錯視」によるものだといった説明がなされていた。要するに、運動を見ているのではなく、運動が起きているように見えているだけだという説明である。
 また、錯視図形などに関しては、見る人のそれ以前の学習の影響によってそう見えるのだといった説明がなされていたりもした。
 ゲシタルト心理学はこうした説明に不満を持つ。ケーラーによればそういう説明は「言い逃れ」でしかないということである。そのように見えるというのであれば、なぜそのように見えるのか、その法則や原理を究明しなければならないとゲシタルト派は考えるわけである。本書の第1章でその問題提起がなされている。
 本書の第2章並びに第3章はその究明に関しての文章が続く。ケーラーは神経生理学、生物学、物理学、数学などの知見を援用する。特に第2章などは物理学に関する知識がないと理解が難しい。
 それに続く第4章では、ゲシタルト心理学の応用分野ともいうべき「思考」のテーマを取り上げる。本書の中では専門家でなくても楽しめる章だ。非専門家は第1章と第4章を理解できればそれでいいかもしれない。

 僕が本書を古書店で購入したのも第4章に惹かれたからだった。思考という言葉はさまざまな場面でさまざまな意味合いで使用されるが、本当の思考は「達成」を含む生産的思考を指す。それは課題解決場面でもっとも顕著に発揮されるものである。
 そこでケーラーの有名な実験、チンパンジーを使った実験が紹介される。チンパンジーの手の届かない高さにバナナを吊るす。その辺に箱を置いておく。賢いチンパンジーのサルタンは箱を踏み台にしてバナナをゲットする。頭の悪いチンパンジーのラナにはそれができない。
 本書にはラナの写真が掲載されている(p158)んだけど、確かにアホそうな顔をしておる。でも、なんか憎めないような、そんな愛嬌も感じられてくる。かわいいチンパンジーじゃないかと思うのだけれど、わざわざ写真を掲載するなんてね、ラナにとってはけっこう残酷な仕打ちだな。
 それはさておき、この実験は「洞察」がどういうものであるかを表わしている。洞察のためには閃きだけでは不十分であり、その他にも多くの要因や知識が必要であることが窺われる。

 さて本書の内容はそれくらいにしておこう。本当はもっと内容の濃い本であり、僕が述べたのは微小な一部に過ぎない。講義形式なので読みやすいと言えば読みやすいのだけれど、内容を理解するには専門的な知識も要する。第2章と第3章なんて、僕には十分に理解できていないことを白状しておこう。僕が物理学や数学には疎いためだ。
 それでもゲシタルト心理学は勉強したい一分野だ。仕事柄、臨床心理学などは勉強するのだけれど、その他の心理学分野にも興味がある。もっとも、環境心理学だのスポーツ心理学だの歴史心理学だの、あまり食指を動かされない分野もあるが、ゲシタルトはもっと勉強してみたいと思っている。
 ゲシタルト心理学が僕を魅了するのは、それが全体をとらえようとする心理学であるように思われるからだ。全体を要素に分解し、それぞれの要素を研究するのが科学的な方法であるが、ゲシタルト心理学は違った方向性を持とうとしているように見える。そこが魅力的であると僕は感じているわけだ。
 ゲシタルト心理学の標語ともいえる、「全体は部分の総和以上である」という命題も、正確には「全体は部分の総和とは違う」という意味であることを改めて学んだ。
 また、本書は4つの連続講義(本書では4章に分かれている)に加えて、キャロール・C・プラットによる「ケーラーの人と業績」という序文が収録されている。ケーラーの業績だけでなく、その人柄にも触れることができるのだけれど、けっこう「難しい」人であったのかもしれない。
 加えて、ケーラーの講義を読むと、あたかもゲシタルト心理学が他の心理学者から攻撃ばかりされてきたかのような印象を受けてしまうかもしれないけれど、けっしてそんなことはない。この辺り、フロイトと書き方が似てるかもしれない。日本ではゲシタルトのウケは良かった。矢田部先生なんかは率先して取り上げていたように思う。それに、ピアジェも、発達の観点を含んでいないことに難色を示しながらも、ゲシタルト心理学の功績を高く評価している。多くの後継者も生まれたし、研究の多くは認知心理学などに収斂されて今でもその命脈を保っている。
 ゲシタルト心理学、いい学問だと僕は思う。

 ちなみに、本書における僕の唯我独断的読書評価は4つ星半だ。難解であるまえに、何よりも面白いし、興味が尽きない

<テキスト>
『ゲシタルト心理学入門』 W・ケーラー著(田中良久・上村保子 訳)
UP叢書 東京大学出版会

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)



投稿者 高槻カウンセリングセンター

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