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2020年4月24日 金曜日

4月24日:コロナ・ジェノサイド(33)~壊れる個人

4月24日(金):コロナ・ジェノサイド(33)~壊れる個人

 今日はもう一本書いて残しておこう。

 今回のコロナ騒動でよく言われているのは医療破綻並びに経済破綻である。個人的には国家破綻も含めたい。日本という国がなくなる可能性だってある。
 もう一つ、家庭破綻がある。この家庭破綻は個人の破綻に基づくものである。逆に述べれば、個人の破綻があり、家庭の破綻があり、経済の破綻があり、医療の破綻があり、国家の破綻があるということになろうか。根底にあるのは僕たち一人一人の破綻である。従って、僕たち一人一人が破綻を防がなければならないわけだ。

 家族の中で、父親はテレワークで在宅勤務している。母親もテレワークしている場合もあるが、家事に追われることが多くなったかもしれない。子供たちは休校で一日家にいる。家族が二十四時間顔を突き合わせて生活している。短期間ならそういう生活もできようが、期間が長くなるほどお互いの存在が負担になってくることもあるだろう。
 それで家庭内暴力が増えているというニュースも聞く。DV、児童虐待、性的ハラスメントなどの問題が家庭内で起きており、その数も増加しているという。
 僕は次のことを強調しておきたい。それらの問題をストレスによる一過性の問題と捉えてはいけない。外出自粛が解除されれば自然に消滅するといったような問題ではないということである。
 破綻なのである。壊れてしまったのである。家族成員がそれぞれ破壊を被ってしまったのである。
 僕の個人的な推測では、そういう家庭の1割がその後修復していけると僕は思っている。5割は仮面修復とでも言おうか、表面的には修復したようにみせかける。要するに、前者が傷を癒したのに対して、後者は傷に覆いをかけ見えなくしているだけである。
 残りの4割は壊れたきりである。もはや修復できなくなってしまうわけだ。
 1割、5割、4割という振り分けは恣意的なものであり、あくまでも僕の個人的な予測に過ぎないが、このような3つのグループは生まれると確信している。

 心の病の感染は、ある意味では、コロナ以上に恐ろしい。集団のうちの誰か一人が狂うと、それが他の人にも伝播し、影響を及ぼし、最終的に全員が狂うのである。特に、最初に狂う一人目が上の人間であればあるほど、集団の破綻は著しくなる。
 余談だけれど、今の日本の状況はそうだと僕は見做している。国のトップがまともな精神状態ではないと考えているので、それは周囲の人に広がり、ひいては国民全員に伝播していくことになる。これを食い止めるためには僕たち一人一人が正気を保たなければならないわけである。

 さて、話を戻そう。児童虐待などといった問題がある。虐待する人間の問題だと一般には考えられがちだが、そういう家族を見ると、家族全員がみなおかしくなっていることがわかったりする。誰一人としてまともな人間がいないという家族もある。もちろん、程度の差はある。比較的ましな家族成員もいるが、それでも何らかの心的障害を抱えていたりする。
 今回、コロナ騒動を機に虐待やDVが発生したという家庭では、すでに個人が破綻を来たしているのである。暴力という行為の問題ではなく、人格的な破綻の問題なのである。
 この破綻であるが、暴力を振るう側が先に破綻していることも多いだろうとは思うが、暴力を振るわれる側が先に破綻してしまっている例もあると僕は確信している。どちらが先であっても、お互いが「病的」な関係に組み込まれていくことになるので、双方が狂気に陥っていくことになる。そうして家族全員に心の破綻が広まっていくのだ。
 それで、一旦破綻したものは、修復できないのである。修復できたとしても何らかの後遺症とか負の遺産を残してしまうこともある。少なくとも、元通りにはなれないのである。元通りになれない以上、新たに作っていくことになるのだ。修復とはそういうものである。言葉を変えて言えば、それは復旧ではなくむしろ再建である。より正確に言うなら、復旧と同時の再建である。片方だけでは不足なのだ。

 さて、破綻を回避するために何ができるだろうか。いろいろ手段はあり得ると思うのだけれど、効用は人によるだろうと思う。ある人には有効だった方法も他の人では逆効果だったというようなこともある。だから一般論として言えることは何もない。
 家庭によって条件も異なるだろうし、状況もそれぞれあると思う。できる限り、一日一日変化をつける方がいいだろうと僕は思う。今日はこれをして、明日はこれをして、というように日々に変化がある方が望ましいだろう。
 そして、毎日すべての家族関係パターンを持つのがいいだろうと思う。父、母、子の三人家族があるとしよう。三者が揃う場面、父と母、母と子、父と子という二者関係の場面、それと父一人、母一人、子一人、とそれぞれが一人で過ごす場面、そのどれもが一日の中にある方がいいと思う。父が仕事中は母と子が一緒になり、母が家事をする時は父が仕事の手を休めて父と子が一緒にいる。チームワークがいいとさまざまな関係パターンを持つようになるだろうと思う。
 拘禁反応を防ぐためにお互いの健康に注意し合うのもいいだろう。自分だけでは分からないことも多いので、お互いに気を付け合うといいと思う。不調が見えた場合、外出自粛のためにできることも制限されるのだけれど、とにかく休んでもらうのがよろしいかと思う。
 もし爆発反応が起きた場合、感情が治まるまで一室に籠ってもらうしかない。気持ちが落ち着いてから話を聞いた方が良い。
 逃避反応が起きた場合、できるだけ一緒になった方がいいかもしれない。その人が普段なら一人でできることでも二人でするとか、生活を維持するためにその人の補助を担う必要が生まれると思う。ただし、全部を肩代わりしてもいけないと思う。それをすると全面的依存の段階まで心的に退行してしまいかねないので、そうなると他の家族成員の負担が増えてしまい、共倒れになりかねない。
 個人的にはストレスの解消や発散よりも休養の方がいいと思っている。憂さ晴らしだと言って活動過多になるのは好ましくないと思う。平常時なら構わないんだけれど、感染予防という観点に立てば、休養して体力を温存し、抵抗力を弱めないようにすることがいいのではないかと思っている。運動や活動は適度でいいし、疲れない程度のものでいいと思う。
 レジャーや気晴らしが必要な人は、屋内でできて、尚且つ他の家族成員のストレスにならないようなものを探すといいかと思う。もちろん、家族全員が参加できるようなものがあればそれに越したことはない。
 個人的には、レジャーとか気晴らし、息抜きも必要とは認めるが、人生や生活に必要なものをやっておく方がいいと思う。平常時の生活状況ではなかなかできなかったことに取り組むのがいいかと思う。この非常事態において、人生があなたに求めるものをやっておくのがいいかと思う。あなたがやりたいと思うことをやるのではなく、あなたの人生や生命があなたに求めるものをやるわけである。
 それと次のことも強調しておきたい。家族はそれぞれ習慣があった。父は会社に、子供は学校にといった習慣が家族成員それぞれにあり、それが家族全体の習慣となっていた。今回、自分たちの意志に関係なく、その習慣を変えなければならなくなっているわけだ。古い習慣から新しい習慣を形成する過渡期にはとかく大小さまざまな「問題」が発生するものだと思う。だから、「問題」というものは、多かれ少なかれ、生じて当然であるという心づもりをしておくことも必要だと僕は考えている。それに対する準備、心の準備をしておくことが大切であって、それは問題を噴出させないように抑え込むことよりも大切なことだと僕は考えている。

 さて、極めて大雑把な内容だけれど、とにかく、このような状況でもできることはたくさんあると思う。試行錯誤しながらでも、人生を前に進めていけたら幸いである。
 肝心なことは、自分が感染しないのと同じくらい自分が正気を失わないことである。相手に感染させないことと同じくらい、狂気を広めてはいけないということである。一人が悪くなれば、周囲も悪くなり、全員が悪くなってしまうのだ。最初の一人目になってしまわないように、一人一人が精神状態を健康に保っていなければならないのだ。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)



投稿者 高槻カウンセリングセンター

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