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2019年10月 2日 水曜日

10月2日:一本のタバコ

10月2日(水):一本のタバコ

 熱は下がらない。それでも仕事があるから休むわけにはいかない。鎮痛剤には解熱作用もあるので、それを服用するとかなりマシになる。それをいいことに、仕事の時間に合わせて服用している。大体、仕事の一時間半くらい前に服用すると、その時間に調子が良くなっている。もちろん、これは正しい服用の仕方ではない。
 その日の仕事の時間に合わせて薬を服用する場合、薬の量とか服薬回数とかが増えたり、あるいは服薬と服薬の間隔が短すぎたりする。処方箋通りの服薬をしていないので副作用などのリスクが高くなるのだ。それを承知の上でやっている。
 なんとかそれでやり通した。今日、僕と会った人で、僕が熱で苦しんでいると分かった人は皆無である。具合が悪いところを気づかれてはいけないのだ。
 もし、本当に具合が悪い時は、僕はクライアントにその旨を知らせる。クライアントの中にはビックリする人もある。もしかするとカウンセラーの中にはそういうことをクライアントに伝えることに反対だという人もあるだろうと思う。
 しかし、カウンセラーが自己一致しているとはそういうことではないかと僕は考える。具合が悪いのに、何でもないフリをする、当然意識してやっていることだから不一致ということではないんだろうけれど、相手に対しては不一致を働いていることになる。だから、僕は今日は具合が悪いのだと伝える。
 これを伝えることにはメリットもデメリットもある。クライアントが心配してくれることもある。それは申し訳なく思う。一方、もし僕が具合が悪そうな様子を見せてしまっても、事前に伝えてあることで、クライアントはそれを自分のせいだと思わないで済む。
 しかし、何よりも、一番の問題は、僕の健康管理にある。そこを棚上げしてあれこれ言うのは間違っているな。この熱から解放されれば、少し考えたい、と今はそういう気持ちになっている。

 夜、仕事を終えると、少しその辺を歩く。真っ直ぐ帰宅して、早く寝た方がいいのだけれど、帰宅ラッシュに巻き込まれるのが億劫だった。それに、薬が効いているので調子が良く、夜風は体に悪いとは言え、少しその辺を歩いてみたくなったのだ。
 国道に出ると、男性の歌声が聞こえる。ああ、よくいる奴だ。なんで周りに筒抜けなほどの大声で歌うのだろう。
 しかし、今日の奴は少し変わっていた。自転車に乗って歌っていたのだけれど、電飾みたいなのを体に巻いていた。ピカピカ光を発しながら歌っていたのだ。一体、何者?と思った。
 あの電飾はスポットライトで、自転車のサドルがステージなんだろう。目立つことをやっている割には、誰も見向きもせず、注目したのは僕くらいなものか。

 ああ、そうだ、タバコの奴もおった。あれはいつだったか、先週のどこかだ。駅前の喫煙所でタバコを喫っていると、20代だろう、若い男性が僕の所に来た。少し肥満気味で、髪の毛がきれいな銀色をしていた。その男性が、自分は今タバコを買うのも困っている、だから一本恵んでくれと、僕に言ってくる。
 タバコの一本くらいでゴチャゴチャ言うつもりはない。一本くらいなら恵んでやろう。正直に言えば、黒髪を銀髪にしなければタバコ代くらい出るだろうにとも思うのだが、そんなことおくびにも出さない。
 彼は僕のタバコを受け取る。その場で喫うのかと思いきや、その男性は別の喫煙者の所に行って、またタバコを恵んでもらおうとしたのだ。その場には5,6人の喫煙者がいたんだけれど、彼はその全員に、一人一人に声をかけた。恵んだのは僕だけで、他の人たちはみんな断った。彼らが正しい。
 いくらタバコが値上がりし続けているからと言っても、今、一本22円から25円くらいのものである。一本当たりの値段はそんなものである。その20何円かのタバコのために何人もの人に頭を下げないといけないわけだ。それに加えて、20何円かのタバコさえ恵んでくれる人がいないのだ。断られ続けなければならないのだ。そんなことをすればするほど自分が惨めになるだろうに。
 個人的に一番腹が立つのは、その場で吸わなかったことである。確かに、僕は彼に一本恵んだ、その一本はもう彼の所有物だ。彼が自分の所有物をどうするかは僕が口出しできる領分ではない。でも、同じ恵むのであれば、もっと切羽詰まった人に恵んであげたいものだ。後で欲しくなったとき用の予備で持っていかれたのかと思うと、こちらとしては何ともやりきれない。
 我ながらバカなことをしたものだ。他の人たちのように断っておけばよかった。つくづく自分がイヤになる。
 実は僕の実家の近所にもそういう人がいる。駅前のタバコ屋辺りに出没する男性で、僕も二度ほどタバコをねだられたことがあるし、他の人に恵んでいる姿も2,3度見かけたことがある。
 しかし、この男性は一本恵んでもらうとその場で喫うのである。そして立ち話をするのがパターンである。大抵はホラ話である。まあ、ジョークとか小話とか、そういった類だと思っていただいて結構だ。要するに、タバコをくれた相手と立ち話をして、くだらんトークをサービスしてくれるわけだ。この男性の方がマシに見えてくる。

 人間、落ちぶれるのは簡単だ。一日とはかからない。いつか僕も人からタバコを恵んでもらう立場に立つかもしれない。自分だけは大丈夫だなんて自己愛的確信を僕は持たない。一本のタバコを恵んでもらおうと頭を下げる彼らは僕でもある。だから出来る時に、余裕のある時に、施しをしておきたいと思う。いつか自分がそうなるかもしれないからである。
 一本のタバコが、いつか自分に返ってくることだってある。僕はそう信じている。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)



投稿者 高槻カウンセリングセンター

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