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2018年10月13日 土曜日

10月13日:ミステリバカにクスリなし(23)『旅と推理小説(38年4月号)』(2)

10月13日(土):ミステリバカにクスリなし(23)~『旅と推理小説』(昭和38年4月号)

 ここでは評論、その他の読み物を記録しておく。

「万年新婚者の秘訣」(高橋鐵)
 ヴァン・デ・ヴェルデの言う「高位結婚生活」とは、万年新婚のことである。これを実践するには、妻は「ペニス羨望」を持ち続けることが必要であると、著者は説く。
 バリバリのフロイト派である著者らしい見解が展開される。しかし、万年新婚とはね。いつまでも、永遠に、新婚のままでいるっていうのは、けっこうキツイかもしれないね。

「ワイセツ無用論」(押鐘篤)
 チャタレイ裁判より、一体、ワイセツとは何かを考える。著者は、同裁判記録より、ワイセツとされる条件を13条拾い出し、それを4つのグループに分け、各々の条件について論証していく。
 基本的な視点は、ワイセツという概念は人間が作り出したものであり、動物界や自然界には存在しないものであること、並びに、この概念はキリストや釈迦によってもたらされたものであるということである。キリストや釈迦の時代には適合したいた概念が2000年後も3000年後のそのまま維持されているのはおかしいというところに著者の見解に、僕は賛成である。

「濡れてみたけりゃ」
 芸者遊びをするなら「6,8」という手もあるという、わずか1ページのコラム。6.8とは、朝の6時から8時までの時間のことである。そりゃそうだ。どんなに人気の芸者でも朝っぱらから指名されるなんてことはないだろうし、そもそも、そんな時間に遊べる客も少なかろうに。

「強すぎた常陸山」
 こりゃまた1ページの相撲コラムだ。相撲のことは僕はよう分からん。なんでも強い力士で、明治36年には常陸山と梅ケ谷との同時横綱を授かったそうで、これはなかなか異例のことであるらしい。

「性神はどこにもある」(高田嘉太)
 今回は埼玉県。いろんな性神があるものである。その象徴的意味合いを知る上で参考となる。餅つき、ないしは杵と臼というのはそれ自体性の象徴である。桃が魔除けに用いられること、人間に近い動物としてサルが尊ばれること、胎内くぐりに見られるように洞穴を女性器と見ることなど、何かと参考になる。また、さまざまな形で残る婿いじめの習俗など、これも一つの魔除けだな。嫁市なんて行事があったのも凄い話である。

「美女を征服した人々」(高木健夫)
 秀吉、義経、清盛、歴史上の武将はとかく女を好む。その女性遍歴が記載されている。家康も好色家であり、以後、徳川家にはこの伝統が続き、11代将軍の家斉に至っては54人の妻、側女などを獲得したという。角田喜久雄の小説でも家斉は女たらしとして登場していたけど、この「家斉戦果表」を見ると、ホント、いつまでもお盛んなことだったのだろう。英雄は色を好むと言うが、家斉に見るように、色を好むとて英雄とは限らないものである。

「旅の恥掻きすて集~隣室のマダムと」(細島喜美)
 気ままな一人旅。夜は旅館で酒を飲んでいると、話し相手が欲しくなる。そこで芸者を頼むが、待てど暮らせど、芸者は来ない。その時、隣室の夫婦が一緒に飲みませんかと誘いに来る。これ幸いと三人で飲んでいると、夫は「自分はアッチの方はダメになっています。だから妻を抱いてやってください」と訴えてくる。そして、飲み明かし、雑魚寝をしていると、夫人がしがみついてきたではないか。酒の酔いに加えて、甘美な性行為が付録についてきたような旅となったが、その代償も高くついたという。
 最後の代償さえなければ、羨ましい旅じゃねえかと思ってしまう。

「現代大岡性談~女が女を強姦」(池田三郎)
 ここでの裁判は女が女を犯した場合、強姦に該当するかというものである。同性愛趣味のある後家が、知恵遅れの使用人サブを率いて、近所の娘を犯したのだ。この事件は罪状明白だが、罪名が明確にならなかったという。この行為が強姦の定義(男性器と女性器の結合がなされるものを言う)から外れているためである。
 解答は強姦罪が成立するとのこと。なるほどと思う説明がなされている。飼い犬をけしかけて人を負傷させた場合、飼い主が傷害罪に問われるのと同じであるということである。こういうのを「間接正犯」と言うそうだ。女が女を強姦することは、理論上はあり得ないことであっても、法的にはそうなるのだという。

「旅の恥掻きすて集~忘却も愉し」(岩間潔)
 高橋鐵先生に同行して性科学者の「山宣」の生家を訪ねる、京都から奈良までの旅行記。道中、著者はいたるところで忘れ物をしてしまうという。東京に帰った後は、魂まで現地に忘れてきたという。
 きっと、いたるところで未練を覚えていたのだろうな。本当は「その場から去りたくない」という気持ちが無意識のうちにあったのではないかと思う。なかなかほのぼのとした旅行記だ。

「歌舞伎~団十郎兜をぬぐ」
 歌舞伎の世界はよく分からん。今回は初代沢村宗十郎を取り上げる。宗十郎は器用な人物であり、団十郎に弟子入りしても瞬く間に芝居修行をこなしていく。しかし、宗十郎の才能を見抜いたのは、師匠ではなく、かつて共演した善五郎であった。この名人の眼力には団十郎も深く感じ入ったと言う。
 ある人の才能や能力、あるいはその人の「良さ」といったものは、案外、その人の身近な人には見えないものではないかと僕は思う。近すぎて見えないということがあると思う。適度に距離のある人の方が、身近な人よりも、その人のことがよく見えているかもしれない。そういう一例として読んだ。

「猟奇変態犯罪~尼僧殺し大米竜雲」
 明治から大正にかけて、旅僧に扮しては、繰り返し尼寺を襲い、尼僧を強姦し続けた大米竜雲の記録。死刑場で大声を張り上げ、啖呵を切った男である。快楽重視型の犯罪者ということになろうか。

「猟奇変態犯罪~強姦魔吹上佐太郎」(市松謙三)
 大正12年、桑畑から一人の少女の死体が発見される。以後、同様の手口による事件が続く。被害者はいずれも少女である。逮捕されたのは吹上佐太郎という男だった。貧家に生まれ、子供の頃から丁稚奉公し、11歳でセックスを知らされた経歴を持つ。以後、悪に染まり、スリやかっぱらいを始め、食い逃げ、泥棒と悪事を重ねる。一度警察に捕まるが、出所後は少女を襲うようになる。18歳で再逮捕され、34才で恩赦で出所するも、少女への暴行は止むことがなかった。

「猟奇変態犯罪~やわ肌に焼ひばし」(板谷中)
 隣家のそまが見たとき、大工の小口末吉は呆然と立ちつくしていた。その手は血だらけであった。末吉は妻の悦子が死んだと言う。見ると、悦子の体には凄まじい火傷の跡が残っている。一体、この夫婦に何があったのか。
 末吉は被虐症の妻に求められるとおりに焼け火箸を当て続け、妻を死に至らしめてしまったのであった。妻は究極のマゾヒストということになるが、夫は果たして殺人罪になるのだろうか。

「性毛の神秘」
 これまたどうでもいい内容である。女性の陰毛の形を論じているもので、その形によって10の分類がなされている。「ピラミッド型」とかは分かるんだけど、本当に「かげろう型」とか「風にそよぐ葦型」の陰毛ってあるのかね。

 以上が小説を除く本号収録の読み物である。小さなコラムなんかが数多くあるので、項目だけは多くなったが、大半は1~2ページ程度のものである。ワイセツの論文が良かった、後は宗十郎のコラムもいい。その他は、どれも可もなく不可もなくといったところだ。猟奇犯罪の実話は、もっと犯人の性格や生育歴なんかが載せられていると興味が持てたのだが、どうも猟奇的な事件の描写ばかりなのが難点であった。

<テキスト>
『旅と推理小説』(昭和38年4月特別号)


(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)



投稿者 高槻カウンセリングセンター

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