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2018年8月 6日 月曜日

文献の中のクライアントたち(8)

文献の中のクライアントたち(8)

 前回から引き続き『精神分析の理論』より、文献で出会うクライアントたちを記述していこう。
 Clはクライアント、thは臨床家を指す。( )内は僕のコメント等である。


(cl42)妻を妹と同一視した男性
(cl43)20代後半の労働調停員男性
(cl44)30代男性医師
(cl45)40歳の産科医男性
(cl46)チェロを習う女性
(cl47)好ましい性格特性を身に付けた30歳男性


(cl42)妻を妹と同一視した男性
 彼はある女性に恋をし、結婚した。彼の妻は、その身体的特徴において、彼によく似ていたが、この身体的特徴こそ彼女に惹かれた理由であったことに、彼は気づいていなかった。
 後に、彼が分析を受けている時に、妻の身体的特徴が彼の妹に似ており、そのことが彼に性的刺激を与えていたことに気づいた。無意識的に、彼の妻は、彼が子供の頃に愛着していた妹だったのである。
 彼は子供の時、妹と結婚して、妹の子供の父親になることを空想していた。大人になってから、妹とよく似た女性によって、彼は無意識的にこの空想を生かし続けたのである。
 彼が分析を受けるようになってから、しばしば、妻のことを妹の名前で呼んでいるが、thが注意するまで、彼は自分のこの言い間違いに気づいていなかった。これは妹が自分の妻であるという彼の空想の所産である。
(妹転移を起こしているということになるだろうか。妹をそこまで大切にしているということで、親から褒められたとか、そういう経験も手伝っているかもしれない。一方で妹を好きになること、その同胞に似た女性に恋することは、自己愛の延長であるかもしれないとも思う)


(cl43)20代後半の労働調停員男性
 彼は6歳の時に寄宿学校に送られて、母親から引き離されるという経験をしていた。寄宿学校に入れられたのは、両親が喧嘩をしていて別居していたことによる。
 大人になってから、彼は多くの神経症症状を呈したが、労働調停員としては成功していた。彼は、労働争議では双方の食い違いを解決するために辛抱強い努力をしたのである。そして、双方の和解にいつも成功していたのであった。争議者双方が話し合えば解決できない食い違いはあり得ないというのが彼の信条であった。
 彼は両親から分離させられたために、両親が喧嘩をやめて、仲直りをして、再び両親と一緒になりたいという強い切望を持っていた。彼は、自分の両親から受けた仕打ちのように、人々が離ればなれになってしまうことに、また、労働者が家なき子(6歳の時の彼のように)になってしまわないように、人々を和解させるために働いたのである。
 子供時代の心的外傷体験が、大人になってから役立つ職業を無意識に選択させたのである。
(僕が思うに、過去にこういう経験があったからこの職業を選ぼうという例は少ないだろう。そういう順番で起きることはないだろうとさえ思う。むしろ、職業を選んでから、この職業と過去の経験とのつながりが見えてくるものだと思う。こういうつながりが見えるものは、その人にとって天職となると僕は思う。)


(cl44)30代男性医師
 彼は4歳の時、母親が外科手術をするために入院していたので、数週間、母親から引き離される経験をした。この経験は、彼にいくつもの影響を与えたのだが、医師になると決心したこともその影響の一つだった。彼は外科医になったのだった。
 子供の頃、彼は外科医を「切って取ってしまう医者」と言っていた。大きくなったら何になりたいと問われるたびに、「切って取ってしまう医者」と彼は答えたそうである。
 分析において、彼が母親に対してアンビバレントな感情を抱いていることが確認された。外科医になることは、母親から引き離されないで一緒にいることができる存在になることであり、母親を治療し、母親のヒーローになることでもあった。同時に、それは彼をなおざりにした不義に対して、母親を傷つけ、罰することをも意味していた。
(母親を傷つけ、罰することも意味していたというのは、彼が外科医を「切って取ってしまう医者」と呼んでいたことからも伺い知れる。「母を治した医者」などとは言わないのである。外科医に対して、攻撃的、サディスティックな感情を投影していることが推測されるのである。この感情のことを指しているのだと思う)


(cl45)40歳の産科医男性
 彼は6人兄弟の長子であった。彼は子供の頃は農家で過ごした。弟妹もみなそこで生まれた。出産の時はいつも大事だった。彼は出産に好奇心を覚えたが、それを見ることは絶対に許されなかった。
 彼の子供時代の性的好奇心は、彼の一生の仕事を決定する重要な一要因となっていた。
 また、彼の職業選択は、彼の性的好奇心を満足させただけではなく、無意識的に他の目的を有していた。
 第一に、それは父親よりも偉くなろうという欲望を満たした。彼の父親は、母親のお産の際、付き添った医師に対していつも敬意を払い、服従的であった。
 第二に、それは母親と弟妹たちに対して感じた怒りを防衛することを助けた。子供の頃は、母親と新しく生まれた赤ん坊を殺してしまいたいという怒りと、そのために生まれる罪悪感とを持っていたが、産科医として、彼は母親と赤ん坊に親切で、情深くなった。
 第三に、少年時代は無力な存在であると信じていた彼は、産科医となってからは、新しく赤ん坊が生まれるたびに、自分を有能であると感じるようになっていた。
(子供時代の外傷的な経験は、その後のその人の生を方向づけることも多い。もし、子供時代に傷つくことがなかったという人がいるとすれば、その人は不幸である。というのは、その人は自分の生を方向づける機会に恵まれなかったからである。僕はそう思う。子供を傷つけないようにと、細心の注意を払う母親も僕は知っているけど、あまり正しいことのようには思えないのだ)


(cl46)チェロを習う女性
 彼女は音楽を好み、音楽の素養を身につけていた。数年間、チェロを習っていたが、こちらの方はあまり上手くはならなかったが、それでも彼女は演奏をするのは好きであった。
 彼女が真似たのは、母親ではなく、音楽家として成功した姉であった。父親は姉の音楽的才能と業績を高く買っていた。彼女は、子供の頃から、その音楽的才能の故に姉が父親のお気に入りになっていると思っていた。そして、彼女自身も、父親の愛情を得るために、姉と競争しようとして、姉の真似をして音楽の勉強をしたのだった。
 彼女の音楽に対するその後の発展は、正常といって差し支えないものだった。しかし、彼女の音楽の関心が父親の愛を得るために姉と競争するところから始まったことは事実であった。つまり、最初のきっかけがエディプスコンプレクスに端を発しているわけである。
 そして、彼女の音楽活動は、大人になってもエディプス的意味をもっていた。ある時、彼女は自分がオーケストラで演奏している夢を見た。彼女の連想はある有名な指揮者へとつながった。彼女は数年前に彼に恋したことがあり、最近、彼が有名な指揮者になったことを彼女は知ったのであった。
 彼女によれば、彼は年齢も顔つきも父親とは似ていなかったが、それでも彼を見ると父親を思い出すのであった。父親と同じシェーヴィング・ローションを使っていたからだろうとのことであった。
 こうした彼女の連想を集めていくと、次のことが明らかとなる。第一に、この夢の内容は父親と結ばれたいというエディプス願望であること。第二に、この願望が、彼女が以前に恋していた男性と音楽で浮気をする(指揮者と演奏者という形でそれが表されているということだろう)という夢によって、偽装された形で表出されたこと。
 彼女は依然として、音楽によって、無意識の中にエディプス的意味を保持し続けていたのである。
(症状を生み出す原因とされているものが、一方ではその人の趣味などにも反映されていることもある。このことは、症状が緩和されてくると、趣味が変わる人とか、同じ趣味でも以前とは取り組み方が変わるという人を見ると、頷けることである)


(cl47)好ましい性格特性を身につけた30歳男性
 彼は陽気で、愛想よく、分別があり、協力的な性格の持ち主であった。実生活においては、彼は神経症的障害を抱えていたが、上述のような性格傾向は彼の美点となっていた。
 道徳的な中流階級の家庭で育ち、いい学校教育を受けており、マナーの良さは彼には自然なことであった。彼のこの性格傾向は社会的に受け入れられるものであり、彼の人生に益するところでもあった。
 時々、彼は心配したり、意気消沈することもあるが、これは失敗したり、危険にさらされたりするときには誰にでも起きる範囲のことであった。しかし、彼の場合、こうした悩みは長く続くことはなく、「治らないなら辛抱するしかない」「クヨクヨしているより元気よくしていたほうがよい」「頑張れば物事は最後にはよくなる」といった分別のある態度に切り替えるのであった。
 彼をそうさせているのは、子供時代の厳しい環境だった。彼は9歳の時に、重要な家族員を失うのではないかという恐れに突然襲われるようになった。運良く、その喪失の危険は去ったものの、彼の心配は永久に消えなかった。この心配に対して、彼は二つの反応を示した。一つはそれが決して起こらないことを自分の行動で確かめることであった。二つ目はそれが起きる時に備えて覚悟を決めておき、その時になっても困って挫けないようにすることであった。
 第一の反応は、本能的な願望と行動を回避することに関係している。彼はそれ以前はかんしゃくを起こす短気な子供であったが、それ以後、怒ることがなくなった。彼は、9歳の時に経験した見捨てられるという恐れが、誤った性的・攻撃的行動がもとで起こったと確信していたが、こうした誤りを犯さない子供になったのである。
 第二の反応は、彼が失うことを恐れていた大人への同一化と関係している。彼はその大人のように陽気で、思慮深く、実際的で、楽天的になった。この同一化によって、彼は「自分のことは自分でする」ことができるようになった。青年期になって、彼が家を出て、寄宿生活を送った時、彼は文字通りそれを実現した。
 彼のこうした傾向は、児童期における心的葛藤と外傷が、成人期の正常で有能な性格傾向と結びついたものである。
 彼のマナーのよさ、陽気な楽天主義は生い立ちの結果だけではない。かんしゃくを起こしたり、悪いことをすると見捨てられることになるという確信によっても動機づけられていた。彼のこの性格特性は、彼の神経症症状と同じように、児童期の外傷や葛藤と結びついており、その動機づけも同じ源から生じているものである。
(心の問題の原因を子供時代に求める考え方に僕があまり賛成していないのは、このケースのようなことがあるからである。病を生み出した原因とされるものが、当人にとって望ましいものを発展させる原因ともなっているかもしれないからである。症状を取り扱うよりも、望ましいものの方を伸ばしていく方が現実的であるかもしれないとさえ思う。いずれにしても、症状が生じていることが不幸なことではなく、それから望ましいものが派生していないことの方が不幸であると僕は考える)


<テキスト>
『精神分析の理論』(C・ブレナー) 誠信書房


(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)



投稿者 高槻カウンセリングセンター

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