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2017年9月14日 木曜日

9月14日:ミステリバカにクスリなし12-『能面の秘密』(2)(#0946)

9月14日(木):<ミステリバカにクスリなし>『能面の秘密』-2

 安吾の短篇探偵小説を8篇収録している。前項では5話まで読んだので、ここでは残りの3話について触れておこう。

「影のない犯人」
 この温泉街で一番の資産家である前山氏に世話になっている三方が寄り合って何やら相談している。前山氏には美貌の後妻がおり、前妻との間にはやくざ者の光一がおり、光一の妹もいる。それぞれ思惑を持つ面々であるが、そんな折、前山氏が亡くなってしまう。
 本作は推理小説としてよりも純文学テーマとして読む方が面白い。結局、前山氏の死が自然死か殺人かもはっきりしない中で、「あなたが犯人でしょう」「そういう君こそ犯人じゃないか」とお互いに言い合う人間関係を描いている。ここにあるのは、人命に対する無関心であり、人命蔑視である。そうしたシリメツレツな世相を描くことが本作の主眼であったかもしれない。
 推理小説としてはどうであろうか。そもそも犯罪が起きているのか起きていないのかも分からない状態があり、そんな中で銘々が勝手に推理し合っている人間関係があるだけであるので、推理小説の範疇に入るか入らないかの微妙なラインに位置しているように感じられた。でも、小説としては面白い。

「心霊殺人事件」
 心霊術の実験会場で起きる殺人事件を描く。実験の主催者は高利貸しの後閑仙七で、ビルマで戦士した息子の霊を呼び出してほしいというものだった。仙七の娘たちは奇術師でもある伊勢崎九太夫に心霊術のインチキを暴いてほしいと依頼する。
 真っ暗闇の中で遂行された殺人事件は不可能要素の高いもので、この状況設定はよくできていると感じる。ただ、そのトリックや動機には何かしら弱いところを感じる。予め計画されていた殺人ではなく、当日になって急きょ計画された殺人ということになるが、それは、凶器の選択などとの関係から、いささか無理があるようにも思った。

「能面の秘密」
「オツネはメクラのアンマだ。チビで不美人だが朗らかな気質でお喋り好きでアンマの腕も確かだから旅館なぞもヒイキにしてくれる」
 いかにも安吾らしいカタカナを多用した文章で始まる作品だが、後で振り返ると、冒頭のこの一文に事件を説くヒントが隠されているのが分かる。なかなか見事だと思った。
 旅館の宿泊客で、オツネの常連客でもある大川さんは小心で変わった人である。いくら不美人のオツネであっても、アンマされていると変な気持ちを起こすかもしれないからということで、いつもオツネに能面を被らせるのだった。その日もオツネは能面をかぶって、大川さんのアンマをしたのだった。その夜、旅館で出火があり、大川さんの焼死体が発見された。警察は火の不始末による事故と見做すが、たまたま居合わせていた新聞記者がオツネの発言を記事にしたために事件性を帯びることになった。
 なかなか良くできた短篇だ。アンマに能面を付けさせるなんて設定は幾分強引に見えるけれど、それがあまり不自然に見えないのも不思議だ。暗号トリック、一人二役トリック、さらにはアリバイ崩しまで盛り込んで、なかなか内容豊富である。しかし、事件解決に本当に欠かせない鍵が能面の行方にあったことが分かると、一本取られた気持ちになる。
 また、推理小説的な興味とは別に、強欲な人間の行く末、落ちぶれていく人間の最期を描いている辺り、安吾らしい感じがする。
 ちなみに、本編は安吾の最晩年の作品である。最後の年まで推理小説作品を発表し続けた安吾は、やはり一推理小説家として認められるべきだろうと思う。

 以上、8篇の短篇が収録されている。内容は本格的な謎解き、アリバイ崩しから、倒叙もの、サスペンス色の濃いもの、さらには純文学的興味の濃いものまで、多様である。一話一話に趣向も凝らされている。
 また、謎解き興味とは別に、所々で鋭い人間観察があったりして、ハッとする個所もあった。そういう興味からも読むことができる作品たちであるように思う。
 文体は、その他の安吾作品に比べて、かなり簡潔になっている。推理小説を書く時とそれ以外の作品を書く時と、安吾ははっきりと意識して、両者を区別していたことが窺われる。

 タイトルにも注目しよう。半数は「○○殺人事件」というタイトルになっている。本書収録以外にも、「不連続殺人事件」「復員殺人事件」「舞踏会殺人事件」といった作品が安吾にはあるが、これはヴァン・ダインの影響かもしれない。安吾はクリスティに次いでヴァン・ダインを高く評価しているから、どこか意識していたのかもしれない。

 それぞれが独立している短篇であるが、巨勢博士が登場する作品が2話、伊勢崎九太夫の登場するのが2話収録されている。しかし、こうしたシリーズキャラクターの探偵たちは決して物語の前景に出てこない。巨勢博士なんて、最後の数ページにチョコっと顔を出して、謎を解いてどっかへ行ってしまうような感じだ。
 物語の前景に立って、物語を豊かに展開していくのは、犯人であり被害者であり、その他の容疑者や関係者たちである。探偵の存在感なんてほとんど無い。この辺りが安吾ミステリの真髄なのかもしれない。安吾は探偵なんかより、そうした人たちを描く方に興味があったのかもしれない。

 8話の短篇はそれぞれ一長一短がある。甲乙つけがたいところもあるけど、「選挙殺人事件」が一番良かった。
 さて、本書の唯我独断的評価であるが、4つ星ということにしておこう。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)



投稿者 高槻カウンセリングセンター

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