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2017年9月 5日 火曜日

(再録)自己対話篇(3)~解説編

<自己対話篇ー3>ー解説編

(1)早朝にこれを書いているとCが語る。その後で、自分を語るという体験をしない人は不幸だと語っている。ここには幾分、怒りとか攻撃的な要素が感じられる。この感情は後で抑制されることになる。感想でCがもっと感情が込み上がって来てもいいのにそうならないと述べているのは頷ける。最初にこの感情を抑制してしまっているからである。
(2)TはCが体験しているであろう怒りや敵意に触れ損なっている。しかし、ここでのTの応答はCの怒りを願望の形で言い換えていると捉えることもできる。(1)でのCの抑制がここでもTに引き継がれているようだ。
(3)ここでCは自分の抱いている怒りを鎮めていく。そして後半で夢が語られる。この対話編において初めての夢である。視覚障害者と面接していて、次回の予約を取るという内容である。
(4)TはCの夢解釈を聴こうとしている。
(5)Cの夢解釈。適切な解釈ではないだろうか。
(6)Tの誤りは、Cがすでにこの視覚障害者と関わっているという点を見落としていることである。夢では、Cはかなり丁寧に視覚障害者の男性と関わっている。それは曜日を確認する時のCの対応からもそう感じられる。だからTは「あなたはその人との関係を維持していく必要がある」という対応をする方がよかっただろう。
(7)Cが拘っているのは、夢の中の男性が盲目であったということだ。目ということ、視覚ということが、Cにはとても気になるようだ。そして「見る」ということが後々の話でも何度か出てくる。
(8)Tは夢の別要素に焦点を当てる。もう少し盲点や盲目になっているということを探求してもよかっただろう。Tは夢の中に登場した各要素に焦点を当てていくという対応を重ねていく。
(9)水曜日ということで、Cが連想することを語っている。Cの中で何か特別感のある曜日であると体験されているようであるが、C自身にも十分に把握されてはいない。なんとかしてCは連想を広げようとしているが、幾分、無理をしているという印象を受ける。これはCがTに対して従順になろうとしているということを意味する。だからTの応答には無理をしてでも答えようとしている。これはCの関係の持ち方という点で、記憶に留めておく必要がTにはある。
(10)Tはいくつか挙げられた連想の中でYさんと会う日であるという、現在の事柄を取り上げている。これはTの方が制限してしまっているということである。実際には、「今挙げてくれたものの中で、どれが今のあなたにとって一番重要であると思いますか」という問いかけをして、取り上げる事柄をCが選んで決定しなければならない。
(11)しかし、CはYさんについては語る気になれないと言う。それには抵抗感があるということを訴えている。それと同時に、Tに対して反抗していると見ることもできる。
(12)Tの探求。
(13)一つだけ不安が語られる。それはYさんに対して間違ったことをしているのではないかという不安である。Cは語るにはまとまっていないし、時期尚早だと述べているが。この不安は頭の片隅に置いておく必要がある。なぜなら、「間違ったこと」という表現が気になるからである。「悪いことをしている」とか「申し訳ない」とかいう感情とは、やや趣を異にする表現であるように思われるからである。
(14)Tが話題を転じている。Tは夢に話を戻している。Yさんについての話を続けたい所であるが、Tがそこに拘ると、Cはさらに抵抗感を強めていくことになっただろう。ここでCが自ら「抵抗」と語っている。それはそれでいいだろう。Cがそれを言っていなければ、「何か抵抗感のようなものを感じるのかな」とか述べて、そこに抵抗があるということを意識化してもらう必要があっただろう。
(15)視覚障害ということの連想を語る。ここではCの身体的な部分が多く語られる。Yさんのことで抵抗感を体験したことが、Cが内面から目を逸らせて、身体に注目することになったのだろう。パソコン作業のために目をやられているという話から、連想が広がって、腎臓の件が話題になる。最近、医者にそのように脅されたようである。この体験があるので、身体への関心も高まっていたかもしれない。従って、Cは述べていないが、身体に対しても盲目になってはいけないという意味も夢にはあったのかもしれない。
(16)Cが脅されたと感じた体験にTは焦点を当てる。今回のTはかなり直接的にCに質問する。現実のカウンセリングではクライアントをより防衛的にしてしまうような質問の仕方をしている。この対話は、CもTも独りの人間がこなしているもので、Tが直接的で大雑把な対応をしている時は、Cの方に意識が集中していて、Tにはあまり意識が注がれていないことを表しているのだろう。
(17)ここでCは一人の男性を思い出している。透析生活を送るようになってしまった男性である。その男性は彼が恐れている自己イメージを具現化しているようである。
(18)その男性がCの抱いている何らかのイメージと関連しているように思われるので、Tはその男性についてもっと聴いていこうとしている。
(19)ただし、Cはその男性の表面的な部分のみを説明している。その男性はCが恐れている姿であるのだが、そういう内面的な事柄に触れることができず、表面的な事柄を取り上げていることになる。ここに再びCの抵抗感を感じる。
(20)Tはより内面的な事柄に目を向けるように促している。
(21)その男性にまつわる感情を少しずつ語り始めている。少し内面的な部分にCの目が向き始めている。Yさんに関係している感情を表明するよりも、この男性に関係している感情の方が表明しやすかっただろうと思う。この男性に話題が移ったことで、Cが再び内面に目を向けるようになっていく。
(22)Tの発言は間違っているとは思えないが、Cの不安を高める言い方であるかもしれない。
(23)Cの恐れていることが語られる。目的もなく生きてしまう、そういう生き方しかできなくなるということが怖いのだということだ。それはとても孤独で、疎外された生き方ではないだろうか。Cが恐れるのはそこの部分ではないだろうか。
(24)このTの応答はかなり直接的であり、話題を一気に転じてしまっている。もう少し穏やかに対応するなら、「そのことで、あなたにも何か身に覚えがあるのでしょうか」と尋ねてみることである。もしくは、「目的もなく生きるということは、あなたにとってはどのような生き方を意味しているのでしょう」と、恐れている事柄を明確化していくこともできる。
(25)Cの抵抗が現れている。Cの大学時代の話が初めて語られる。前回で、彼は苦しかった時代が二度あったと述べている。その間に潜伏期があり、その潜伏期での空想が前回では語られたのである。ここでの話は、その潜伏期が過ぎて、二度目の苦しみの時期のことである。Cは述べる。「このまま目が覚めなければ・・・目が覚めたことに絶望する。目の前が真っ暗になる・・・」と。これらは視覚に関する事柄である。そして幻聴の話である。彼は名前を呼ばれる。「周囲を見回して」、そこに誰も知った人がいないということを「見て」しまう。そして分裂病だった人の部屋をテレビで「見て」しまう。ここに夢に登場した視覚障害者のイメージが重なるように思われる。見たくないものを見てしまうという経験であり、見たい対象は見えないという経験である。Cとしては、盲目であればどれほど良かっただろうかということになるのではないだろうか。従って、夢にはこのような意味合いがあるかもしれない。見たくないものを見てしまうよりかは、何も見えない方がいい。視覚障害者は見てしまった自分を否定している像である。Cが関わる必要があるのは、この否定ではないだろうかという解釈である。彼は確かに見たのだ。見えなかったことにしようというわけにはいかないことなのだ。否定したい事柄に関わっていかなければならないということではないかということである。
(26)Tは(25)で語られていることの視覚要素を捉え損なっている。その代り、TはCが抱いているであろうと思われるまた別の不安を取り上げている。それは、もしそういう状態に陥ったとしたら、自分は助けてもらえないだろう、見捨てられるであろうというCの不安である。ここでもTはかなり直接的にCに応答している。現実のカウンセリングではクライアントをより防衛的にしてしまうような応答を頻繁にしている。この対話編はCとTとが同一人物だから、Tのこのような応答が特別問題になっていないだけのことである。ここは繰り返し注意しておく。
(27)ここで語られていることは、Cがいかに人を信用することができないでいたかということである。周囲の人は必ず彼を見捨てる人間であり、彼はどうしても彼らを信用することができないでいたようだ。しかし、「どこかで助けを求めていたのかもしれない」と述べているように、Cには人を信用したい、助けてもらえるかもしれないという感情をも持っていたのである。こういう感情がCにあるということが、とても希望が持てるように思われる。言い換えれば、Cは裏切られるかもしれないけれど、それでもなお、人を信用したい気持ちもあるということである。ただ、後者の気持ちは非常に微かにしかCには体験されていないようである。この気持ちがより体験されていくほど、Cは人を信用し、求めている自分を発見し、現実にその方向へと行動に移していくであろう。
(28)TはCの不安を言い換えている。前回の自分が愛される人間だとは思えないというCの発言と関連付けようとしている。
(29)深い絶望感をCは語っている。そして、彼は一回目の苦しい時期の体験に触れなければならないと感じている。
(30)ここで終了となる。もし、時間がもっとあれば、彼は小学生時代の出来事を語り始めていたかもしれない。

 私が「三回目危機」と名づけている現象がある。初めから抵抗感を露わにしているクライアントは別であるが、ある程度信頼感情を抱いて受けに来てくれているクライアントでも、三回目くらいに抵抗感を表す。この抵抗感がなぜ生じるのかということはクライアントによりさまざまである。内面のものが動き始めることでパニックを体験する場合もあれば、連想が働き始めていろいろ不安や不快な記憶が想起されることによる場合などもある。それが大体3回目くらいに生じるという印象を私は個人的に受けているのである。この危機をお互いに乗り越えると、関係は安定してくるのであるが、ここで中断してしまう例もある。
 この自己対話編でも抵抗感が色濃く反映されているように思う。この抵抗はCが特定の話題を避けるという形で現れている。それだけでなく、Tの方により強く反映されているようである。Tの直接的で、知性化された応答がその表れのように思われる。これはTとCが同一人物であるために、Cの中で分割が生じ、Cの中で生じている抵抗感がTによって具現されているという事態を招いているようだ。しかし、一方で、Cの抵抗感をTが引き受けてくれているので、Cの連想や語りはそれなりの広がりを見せている。
 今回の対話編で押さえておきたいいくつかの点を挙げる。
・夢の視覚障害者の男性は、Cのさまざまな側面を象徴している人物である。一つの意味に限定しないようにすることが肝要である。同時にCはこの男性と関わりを持ち始めている。
・Cは大学時代に幻聴体験をしていること。この幻聴は彼を迫害するものである。彼は迫害される立場を経験していたことになる。迫害されるということは、彼が根源的な部分で恐れている状況である。当時の彼はこの幻聴のために存在の根源的な部分から揺さぶられるような体験をしていたのであろうということを理解する必要がある。
・Cが非存在の存在になりたかったというのは、この根源的な部分を揺さぶられる体験から生じてきたのであろう。つまり、この迫害から逃れるためには、ただ死ぬだけではダメだったのだ。死んでも迫害は続くと思われていたかもしれない。非存在の存在になるとは、この迫害から逃れる唯一の手段であったのではないかと察すること。
・Yさんについて語るにはまだ抵抗感がある。このYさんは、望ましい対象としてCが期待している対象である。Cにとって望ましい対象との関係が回復していくことがテーマとなるだろう。
・内面的な事柄と同じように、身体的な事柄にも注意を向ける必要がある。
・他の人たちにたいする怒りの感情を抱えているだろうということを予期しておくこと。

(寺戸順司ー高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)



投稿者 高槻カウンセリングセンター

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