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2017年9月 3日 日曜日

(再録)自己対話篇(2)-解説編

自己対話篇第2回目ー解説編

<解説>
(1)Cは一日おきくらいでこれをやろうと計画していたと言う。それを続けてやっているのだから、これは枠を破る行為でもある。しかし、Cにとって書きたいこと、述べたいことが生まれており、そういう衝動が動き始めているということでもある。Cの中で何かが動き始めている。どういうことがCを動かしたのか、検討する価値がある。現実のカウンセリングで、何が良かっただろうかと尋ねても、まず「分からない」という答えが返ってくる。さらに話し合うこともできるし、分からないままにしておいてもいい。それはクライアントに応じて対応することである。ただし、臨床家はなぜそのような動きがクライアントに生じたのかを考えてみる必要がある。Cの場合、恐らくであるが、前回において、望ましい対象イメージとの関係性を少しでも体験したからではないだろうか。
(2)Tは前回の何がCを動かしたのか明確化しようとしている。
(3)Cの話ではその夜に何かが動き始めたようである。その夜のことをTは尋ねてもよいだろう。しかしCは充分には話せない。感覚的には何かが把握されているようであるが、言語化できるほど明確にはなっていないようである。後半はYさんのことが出てくる。
(4)TはYさんのことに焦点を当てる。TはCが言語化できない事柄に焦点を当てるよりも、Cの話の流れに従うように動いている。前者に焦点を当てるとすると、Cには少々苦しい作業となっていたかもしれないので、Tは妥当なことをしている。
(5)Cは二つの困難を話している。一つは言いたいことが言えないということ、何か抑制されている感じを受けているということ。もう一つはYさんとの関係も長くは続かないだろうというCの予感である。前半の、Cを抑制しているものに焦点を当て、もしそれが解消されるなら、Cはもっとスムーズに自己表現ができるようになるだろう。しかし、Tは後半部分の問題に焦点を当てている。
(6)これはCの体験していることを言語化して反映している。探求的にしようと思えば、「縋り付かれてどういう思いを体験しているか」ということを問うていくことになるだろう。ところで(5)の発言において、Cは自分がいずれYさんから不要な存在になるという不安を語っている。ここにもっと焦点を当てることも必要だろう。
(7)CがYさんとの間で体験していることの悩みが語られている。それは自分が愛されているという感じがしないという悩みである。前の彼女であるMさんとはそれを体験したと言っている。もしこういうことを言ったらYさんがショックを受けるだろうとCは述べているが、無意識的にはそのことに罪悪感を感じているかもしれない。自分がそのことで罪悪感を抱いているから、Yさんにはそのことを正直には言えないのではないだろうか。そこに焦点を当てることもできる。それは例えば「Yさんに悪いことをしているというような感じですか」でもよい。Cは自分の体験している罪悪感を語れるようになるかもしれない。その後の「相手が違えば、関係も違ってくる」というのは、合理化であり、知性化である。「Yさんとの間ではそういうことを体験していない」と語った所で、罪悪感が生じたのであろう。そして、それを合理化、知性化したように思われる。ところで、どういうことが体験できれば、Cは自分が愛されていると体感できるのであろうか、そういう疑問を覚える。Cがどういうことを求めているかを窺う機会でもあったように思う。
(8)TはCの罪悪感ではなく、Cの願望の方に焦点を当てている。Cが望んでいる感情を明確化しようとしている。今回のTはあくまでもCの心の動きについていこうとしている。
(9)Cはなぜ愛されていると体験する必要があるかを自ら語ることができている。もし愛されたとしたら、自分が虐げられ、拒絶される人間ではないということが体験できるからである。だからCが愛されるというのは、Cのアイデンティティに関わるテーマでもあるということが理解できる。
(10)TはCが深い所で恐れている事柄を明確化している。Cはあまり感じなかったようだが、クライアントによってはこれは不安を掻き立てる応答でもある。むしろ、「愛されることによって、自分は虐げられる人間ではないということを自らに証明したいのですね」と、ここでもCの願望に沿った応答も可能であろう。
(11)先のTの応答が幾分不安を煽るような応答であったために、Cはここで一つの苦しかった体験を思い出している。これはTの応答によって導かれたものである。その体験とはCが中学一年の時の体験で、フォークダンスの一場面だ。Cは密かに好きだった女の子から毛嫌いされていたということを語る。その出来事を語った後に、この体験は誰にも本当には理解されないということを語る。出来事を語っている最中に不安が高まってきたのではないかと思われる。この体験は、Cが根源的に恐れている事柄が実現したかのような迫力で体験されているようだ。それはすごく恐ろしいことであるとCが述べているが、想像に難くない。この時Cは、単に好きな子から嫌われたということだけではなくて、人間世界から脱落してしまったかのような感じを体験したのではないかと思われる。
(12)もし、これが本当のカウンセリングであれば、ここはもっときめ細かな対応がTに求められる。そしてCが安全感を取り戻すことができるような応答であれば尚のこと良い。例えば、「あなたがどれほど恐ろしい体験をしたのか、私にも理解できるように思います」ということを付け加えるだけで、Cはかなり救われるはずである。なぜなら、これはCにとっては恐ろしい体験であるだけでなく、誰からも理解されなかった体験となっているからだ。誰からも理解されないということが、その体験がさらに異常なものとしてCの中で君臨してきたであろうからだ。ここはしっかりCの体験を理解するべき所だ。
(13)しかし、Cは自分の恐れを語るようにしている。もし、ここでCが「それはもう過ぎたことだから」とか「この話はしたくない」とか言って、拒否するようであれば、Cは不安な感情を抱えたままこの回を終えていたかもしれない。だから、Cが自ら自分の不安を語ったことは救いである。
(14)ここでは「本当に怖い思いをしたんだね」くらいでも構わないと思う。しかし、Tは一歩進めて、「あなたは本当に恐れていたのですね」と、(11)で語られた出来事から離れようとしている。Tの方に抵抗感が生まれたと見ることができる。もっとも、これはCもTも同一人物なので、Cに生じた抵抗感がTによって表されたということでもある。
(15)Cは不安をから目を逸らそうとしている。自分が愛されるかもしれないという期待を抱いていたというのは事実そうであったかもしれない。不安を感じるような体験ではなく、そちらの方に話を移そうとしているようである。事実、その後でそういう恐れを抱くような体験を今は語る気分になれないと述べている。これまでの流れを見ていけば、ここでCがそういう気分になるのは頷けることである。(10)でのTの応答が、この流れを生み出しているのであるが、Cの方がここでこの流れを変えようと働きかけているかのようである。しかし、一つの洞察が生じているようにも思われる。自分が愛される人間ではないというだけなら、もしかしたらそれほど苦しまなかったかもしれないという洞察であり、自分が愛される人間ではないという確信と、自分が愛される人間であったらという期待の間で葛藤を経験していたのかもしれないという洞察である。ここをTは押さえておきたい所だ。従って、続くTの発言は、「あなたは自分が愛されない人間だという気持ちと愛されたらいいなあという気持ちの両方を抱えていたように思うのですね」ということを含むものであれば良かったと思う。その両方の気持ちがあり、そこで葛藤を経験していたということを押さえておいて、その気持ちが理解されているということがCに伝わると良かっただろう。
(16)TはCの気分を説明するように求めていることになる。むしろ「不安に感じることや苦しいことを語るには、今はまだ時期尚早だなという感じでしょうか」くらいで押さえておけばいいかと思う。個人的には「愛されたらいいなあ」という期待の方を取り上げたいところである。
(17)これはCの長い発言である。前半はCが苦しかった時期、それも潜伏期を挟んで二度あったということが語られる。潜伏期に役に立ったのは空想であるということだ。後半は彼の空想の産物である自作小説が語られる。ここは二重構造であるようにも感じる。苦しい時期に空想に耽ることで乗り切ったように、この場に於いても空想の話をして乗り切ろうとしていたのではないかと考えることもできる。Tはこれを中断しようとはしていない。それは望ましいことだ。Cが安全な所に行きつくまで空想の話をしてもらう方がこの場では望ましいと思う。それまでに不安を掻き立てる話が続いたので、Cには逃避する必要もあっただろうと思う。後半はCの自作小説の筋が語られるのだが、この物語はなかなか興味深いものがある。なぜ、この場でこの物語を思い出したのかということもそうである。この物語の解釈は(20)以降のCの発言でうかがい知ることができる。
(18)Cは自分の小説の出来がひどいものだったから破棄したと述べている。それは幾分自暴自棄的な感じを受ける。Tはそこには焦点を当てていない。「それが一つの空想である」という点だけを押さえている。Cが自己卑下するのをTは取り上げないようにしている。もし、「とてもひどいものを書いたと、自分でもイヤになったのですね」などとTが応答していたら、Cはこの自己卑小感に向き合わざるを得なくなる。それはこの段階でのCには負担が大きかったかもしれない。だからTがそれを取上げなかったのは正しい一面もあるように思った。ところで、この小説に対して、Cが卑下するのは、文章の拙さだけだったのだろうかという疑問も湧いてくる。この物語がCの何かに触れてしまっているという可能性も心に止めておく必要がある。
(19)Cが自分の作品を「くだらないSFまがい」と卑下して評価している。Cはまだ自己卑小感を引きずっている感じだ。
(20)TはそのCの自己卑下に焦点を当てないようにしている。それよりも自分の作品を語りなおしてどう思うかという、今ここでの体験に光を当てようとしている。これはCの感情を今ここに限定することでもある。もしTがCの自己卑小感に焦点を当てていれば、彼は何年もの間抱き続けた感情を語らなくてはならなくなり、もしそうなっていれば、この面接は収拾がつかなくなっていたかもしれない。若干、Tの方が話題を変えてしまっているが、あまり不適切な感じとも思えない。「くだらないSFまがいの空想であったとしても、それが当時のあなたを救ってくれていたのですね」と押さえておくこともできただろう。
(21)Cは自作小説の分析を始める。一つ重要だと思えるのは、地上と地下とが分断されて、疎通性がないという気づきである。彼の体験している世界がそのようなものであったということが理解できる。必要とされる人間とそうでない人間とはこのように分断されて、必要とされない人間は地上で生きることが許されないという感覚である。そしてこの分断は絶対的なものであり、両者がつながることはないのだという絶望感の表れでもあるだろう。さらに言えば、Cの意識と無意識もそのように分断されて、Cは自己の中に自分でも触れることのできない領域を体験していたのかもしれない。つまり、Cの内面においても、分断されたものがあり、接触することのない領域があったのかもしれない。
(22)Tの発言はここでは適切なもののように思える。TはCの不安を高めるような発言を控えるようになっている。もし、「地下に落とされたら、二度と地上には戻れないように思えるのですね」という表現をすれば、Cにはすごく不安に感じられたかもしれない。Cが抱える恐れというものが、一旦、人間世界から脱落してしまったら、二度と人とのつながりの中で生きることができなくなるというものであるということを理解しておくことが大切である。
(23)しかしながら、Cの方が自ら不安状況を語っている。「落ちたらそこで一生留まり続けなければならない」ということ、つまり拒絶されたらそのままで生きていかなければならないという恐れと通じる発言なのである。Cが自ら語っているということは注目に値する。恐らく、(18)以降のTのサポートがCに安心感をもたらしたものであろう。
(24)「それがあなたの生きている世界でしたか」とTが尋ねることで、空想から現実に移るきっかけをTは作ろうとしている。
(25)Cが自分には自由がなかったと語る部分である。その一方で、小説の地下世界があったらなあということも語られる。これは新しい傾向である。なぜなら、地下世界は不要な人間が落とされる場所であり、そこからは抜け出なくてはならない場所であり、Cにしてみればあってほしくない場所、恐怖感を高める場所だったからだ。地下世界に対して、それとは違った感情が生まれているということになる。
(26)Tは「そこでなら生きていける」と応じているが、「こんな自分でも生きていける場所があるかもしれない」というように、丁寧に応じたいところである。
(27)地下世界の意味がCの中で変わってきたことを示す発言である。不要な人間が落とされる場所から、彼らが生きていくことが許される場所になっている。こうなると、Cにとって、地下世界(として表されている世界)は恐ろしいものではなくなっていくだろう。
(28)ここでのTの発言の拙い点は、「信じたかったのですね」という部分である。これは暗に「その世界は現実のものではない」ということを示唆してしまっている。
(29)Tにとって救いだったのは、Cが自分にはそういう「願望」があったかもしれないと表明していることである。Cは、それが現実のものではないということを受け止めているのであるが、空想ではなく、願望であったと述べていることになる。そして、Cがこんな自分でも生きていくことができる世界をどれほど望んでいたかが窺い知れる発言である。
(30)終了間際になってTの集中力が散漫になったのか、再び不安を高めるような発言である。「当時のあなたは本当にそういう世界を求めていたのだと思う」くらいで受け止めておいても良かった部分である。「現実の世界の拒絶」という点に焦点が当たってしまっているのだ。
(31)ここでもTにとって救いなのは、先のTの発言がCの体験と一致している部分があるということだ。これはTもCも同一人物なので当然なのであるが、Tの発言がCの体験に沿っているので、Cの不安が高まらなかったのだろう。
(32)ここで終了となる。「今日はいろんな話をしてくれましたね」といった一言を添えておきたい感じがする。

 前回とはまた違ったテーマも出てきて、それなりに内容の濃い対話だったのではないかという印象を受けている。次の点を押さえておこうと思う。
・Cは自分が疎外されるという恐れを抱いている。自分が愛されているという感じがしないというのは、このCの根源的な恐れに触れる体験なのだろう。
・根源的に恐れていることが現実に起きたように体験されるというとき、それはあたかも地上で人間世界に生きていた者が、不要な人間のたまり場である地下世界に叩き落とされるというイメージなのだろう。
・前回とのつながりで言えば、Cが望んでいる対象というのは、Cを地下世界に落とし込まないような人であるということになるだろう。
・Cは空想が救いになったと述べている。もっとたくさんの空想を聴いていきたいところだ。この空想は、単に空想であるということではなく、Cにとっては一つの現実であり、常にCの何かに触れているものであると解するべきである。。

(寺戸順司ー高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー))



投稿者 高槻カウンセリングセンター

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