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2017年8月30日 水曜日

8月30日:ミステリバカにクスリなし10『飛行士たちの話』(#0935)

8月30日(水):<ミステリバカにクスリなし>10-『飛行士たちの話』(ロアルド・ダール)

 ロアルド・ダールは変わった物語を紡ぐ人だ。ただ、どういうわけか印象に残る作品は少数に限られている。大半の作品は記憶からなくなっている。
 この短編集を読んだのはいつだったろう。僕が中学生の頃だったろうか。随分昔のことなので、覚えていないのも当然かもしれない。今回、記憶を新たにするつもりで読み直してみることにした。
読み直してみると、「アフリカの物語」や「昨日は美しかった」など、いくつかの作品では記憶が甦ってくる部分もあった。印象に残る作品が少ないと冒頭で述べたけど、前言撤回しないといけないかも。

「ある老人の死」(Death of an Old Old Man)
 チャーリーは上空で怯えていた。突撃の順番が回ってくると分かっていても、命令書を受け取った時、彼は死を意識する。まだ生きていたい。彼は生を切望するが、高空でドイツ軍戦闘機と鉢合わせしてしまう。両機は衝突し、チャーリーはパラシュートで脱出し、一命を得るのだが、目の前に、同じくパラシュートで降下するドイツ兵が。
 戦闘機パイロットの最後の日を描く。優秀で勇敢なパイロットにも最後の瞬間がくるものだ。悲劇的な舞台なのに、悲壮感がなく、むしユーモラスでさえある。
 戦況が有利になり、勝ちそうな期待が増えるほど、生の執着が生まれるのか。確かにそういうものかもしれないな。

「アフリカの物語」(An African Story)
 アフリカに不時着したパイロットが現地に住む老人から聞いた話。老人の隣にジャドスンという男が住んでいた。ジャドスンはやかましい奴は容赦なく処分するといった性格で、これまでに何匹も犬を殺してきた。老人の犬もジャドスンに殺されたのだ。その頃、連日、牛の乳を何者かが盗むという事件が起きていた。ジャドスンもこの犯人を容赦しない覚悟でいた。ある時、老人は牛乳泥棒の犯人を知るや、一計を案じる。
 ダール調の萌芽が見られるような作品。一つの完全犯罪であり倒叙もののミステリでもある。

「簡単な任務」(A Piece of Cake)
 それは簡単な任務のはずだった。ところが相次ぐトラブルのために砂漠に不時着し、わたしは鼻を失い、相棒のピーターは正気を失う。その後、ピーターの発明による、絶対に敵が弾を外す戦術の甲斐もなく、彼らは撃墜されてしまう。
 本書の中で一番古い作品であるようだ。ピーターの示している言動は「戦争神経症」(こんな言葉が復活しませんように)で括られてしまうものだろう。躁的になり、幾分誇大妄想傾向が発展しているようだ。

「マダム・ロゼット」(Madame Rosette)
 エジプト駐留のイギリス軍パイロット、スタッグとスタッフィの休日。軍隊勤務から解放されて、女を買おうということになる。女を買うならマダム・ロゼットに連絡するといい。どんな女でも斡旋してくれる。一度はマダム・ロゼットにお願いしたものの、いくらぼったくられるかという不安から断る。彼らは飲みにでかけ、同じくパイロットのウイリアムと合流する。酔った三人は、マダム・ロゼットから女たちを救出するぞと勇ましく出陣する。
 なかなか痛快な物語だ。マダム・ロゼットと女たちの関係は軍隊の縮図であるというのは、言いすぎだろうか。戦場に赴くのは女たちで、マダム・ロゼットは指令を出し、搾取するだけである。こんなふうに考えると、女たちを救出することは、三人のパイロットにとっては自己救済することに等しくなってくる。女たちを解放して、三人はいささか英雄気取りになっているけど、これも象徴的、間接的に自己救済したことによる自尊心の快復ではないだろうか。僕はそんなふうに読んだ。
 今のが読み過ぎだとしても、前半の彼らの無気力感(取りあえず、風呂に入り、酒を飲み、買い物をし、女でも買うかといった頽廃感)に比べると、後半(マダム・ロゼットから女を助けることになってから)のなんと彼らの生き生きしていることか。目的を持つと人は見違えるものである。

「カティーナ」(Katina)
 空爆を受けたギリシャの町。瓦礫にポツンと座っている女の子がいた。それがカティーナだった。救助活動を行っているイギリス軍パイロットたちは、カティーナを連れ、手当てをし、隊員に任命する。以後、カティーナはイギリス軍と行動を共にするようになるが。
 孤児となったカティーナと隊員たちとの交流を描いているが、心温まるような物語とは感じられず、悲しい物語として僕は読んだ。カティーナは戦争孤児になったのではなく、軍人になったのだ。彼女は彼女の戦争をやったのだと僕には感じられた。

「昨日は美しかった」(Yesterday was Beautiful)
 不時着したイギリス人パイロットは、その島で船を持っている人間を探す。一人の老人から教えられた、船の持ち主の家へと行ってみる。そこには空襲で娘を失った老婆がいた。老婆はパイロットと話をし、船の持ち主である彼女の夫のところへパイロットを案内する。
 本文9ページのショートショートであるが、「一人残らず殺しておくれ」といった老婆のセリフが痛々しく、印象に残る。

「彼らは年をとらない」(They Shall Not Grow Old)
 フィンの飛行機だけが帰ってこない。フィンは死んだのだろう。隊員の誰もがそう信じていたが、二日後、フィンの飛行機が戻ってきた。フィンは自分は一時間前に出動したのだと言う。フィンには空白の記憶があるということだ。そして、後の出撃において、フィンはすべてを思い出したのだった。
 幻想的な物語だ。「彼らは年をとらない」というのは、それが死者の世界だからである。フィンに何が起きたのかは分からないけど、彼は生死をさまよったのかもしれない。

「番犬に注意」(Beware of the Dog)
「この石鹸ときたらまるで泡が立たないわ。水のせいなのよ。ひどい硬水なんだから」看護婦のこの一言で、負傷したパイロットは自分がどこにいるかを知る。撃墜されて、意識が回復した時にはすでに病室のベッドにいた彼は自分の立場を知ることになる。
 ミステリ風の一篇。よくできているなと感心する。あの一言以前の出来事、つまり病院の外で聞こえる飛行機の音、それに医師や看護婦の言葉などの意味がはっきり分かってくるのである。

「この子だけは」(Only This)
 夜。どこかで空中戦が繰り広げられている。一人の母親が空に向かって祈りを捧げている。彼女の一人息子がパイロットをしているからである。不安に襲われる母親。母親の願いは、操縦席に座る息子のもとへと彼女を導く。息子の最後の瞬間を彼女は見てしまう。
 いささかファンタジーめいた作品だが、本当の戦争被害者はこういう母親なのかもしれないと思わせる一篇だ。

「あなたに似た人」(Someone Like You)
 5年ぶりに再会した二人の戦友どうし。この二人が会話や思い出話をして、酒を飲んで、店を出るまでを描いている。
 中学時代にこれを読んだ時は「???」といった感想だった。今、これを読むと、すごくよくできた作品だということが分かる。ポイントは酒である。僕の読みでは彼らの感情は酒に投影されている。
 最初はビールで乾杯だ。でも、二人とも無言である。一人が話を始めた時、ビールからウイスキーに変えようと提案される。もっとキツイ酒が必要だということ、話をするにはもっとアルコールの力が必要だということではないだろうか。
 一杯目のウイスキー。ここで上空から爆弾を落とすことは、誰を殺すか自由であるといった話をする。この時、彼らは人の運命を自由に操る神にでもなったような自分を経験しているのだと僕は思うのだけど、この高揚した気分は虚しく終わる。
 二杯目のウイスキーで、彼らは店内の女に目を向ける。一杯目のグラスを空にしたので、ここで仕切り直しをしようとしているかのよう。しかし、この仕切り直しは上手くいかない。かつての戦友だったスティンカーのことに話題が移る。彼は愛犬と離れ離れになって出撃しなければならなくなった。
 ここで「ひどいウイスキーだ」と述べられる。相手は「まったくだ、もう一杯飲もう」と誘う。ウイスキーの味がひどいのではない。彼らの思い出すものがひどいのである。
 スティンカーの行く末が語られる。一人が言う「ひどいと思わないか、このウイスキー?」。もう一方は同意して、もっと呑まなきゃと言い、二人して乾杯する。
 スティンカーの話が最後まで至った時、はじめて「ひどい話だ」「まったくひどい話だ」と表現される。他人の体験談に関しては「ひどいウイスキーだ」ではなく「ひどい話だ」ということになる。そこは正直に語られるわけだ。
 その後、いくつかの話があるのだけど、省略して、彼らの話題はこの店にいる以上の人間を殺したという話になっていく。それを何百回となくやってきたと言い合う。彼らは、「いやな店だ」「ああ、いやな店だ。河岸を変えよう」と。僕が思うに、彼らはこの店がいやなのではなく、この店で語っている思い出がイヤなのだ。それをこの店がイヤだと言っているわけだ。
 彼らは店を変える。本当は記憶を変えたいのだろう。彼らはタクシーを待つが、タクシーは来ない。これは記憶を変えることはできないし、その記憶から逃れられないということを暗示しているようだ。
 長々と書いたけど、読んでいない人にはチンプンカンプンだったろう。まあ、僕はそんなふうに読んだということだ。

 以上10篇。戦記もの、ファンタジー、ミステリと多種多様な作品が収められている。こうして読むと、一話一話がそれなりに面白かったように感じる。それぞれは単独の作品だが、一部において共通の人物が登場する。
 なお、現在、この本は新訳で出されている。僕が持っているのは旧訳の方なので、日本語のタイトルに若干の相違がある。物語や収録作品には違いはない。

 さて、唯我独断的評価は4つ星としよう。

 テキスト:『飛行士たちの話』(Over to You)ロアルド・ダール著(1945)永井淳 訳 ハヤカワミステリ文庫

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)



投稿者 高槻カウンセリングセンター

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