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2017年4月 1日 土曜日

4月1日:内省録第2回:内省篇

4月1日:内省録―第2回:内省篇

 時々、僕の中でフッと何かが吹っ切れる感じがする時がある。上手くは言えない。客観的には何も変わらないのだけど、僕の中でそういう感じが生じることがあるのだ。たくさんのことが僕にのしかかっていたけど、それがふと自分から離れて行くような感じだ。もっとも、そういう感じがあるというだけで、のしかかっているもの自体には何ら変わりはないのだけど。(1)
 この二週間くらいは、忙しい上に、心身の具合も良くなかった。日々、重苦しいものを抱えながら生きていた感じがする。それが、昨夜のことだ。矢も楯もたまらなくなり、お酒を飲みに行ったのだ。独りで黙々と飲んでいるうちに、今、圧し掛かっているもののすべてがどうでもよくなってきた。(2)
 酔いのせいかもしれないけど、それだけでもないという気もする。酔った時にはいつでもそれが起きるなんてことはないからだ。むしろ、酔っていても、そういうことが生じないことの方が多いように思う。(3)
 心は常に動いている。この動きが望ましいものであるのかそうでないのか、今の所は分からない。心がどう動いたなんて、後にならないと分からないものなのだ。言い換えると、僕たちが意識するよりも先に心は動いていくのだ。僕たちはそれを後から追跡するくらいしかできない。心とはそういうものだと思う。(4)
 この内省録も、何が自分に属していて、何が自分に属していないかを明確にしていくつもりで始めた。始めた理由はいくつもあるけど、それが理由の一つだった。(5)
 フライパンに玉子を落とすと、黄身を中心に白身が広がる。目玉焼きができるわけだ。二つの玉子を使用した場合、右の玉子と左の玉子の白身がそれぞれ結合する。いわゆる両目焼きができるわけだ。白身は、どこまでが右側の玉子に属していたもので、どこからが左側の玉子に属していたものなのか、もはやわからない。境界は取り払われてしまい、一つになっている。しかし、この両目焼きの状態では、両方の玉子は、白身の部分で融合していても、黄身の部分ははっきり分かれている。通常の人間関係、良好で共感的な人間関係とは、この両目焼きのような状態だと思う。ここがさらに、黄身までもが混ざり合う。スクランブルドエッグ状態になる。もはや、白身も黄身も、どれが右側の玉子にあったものか、どこまでが左側の玉子に属していたものか、混沌としてしまっている。この状態が僕には苦しいのだ。だから、僕はもう一度振り返って、どれが最初に右側に属していたのか、左側に属していたのはどれかということを明確に分けたくなるのだ。(6)
 マノーニが引用している医学生の言葉を僕は思い出す。「患者の立場に身を置き過ぎると、私は決まって逃げ出したくなるのです」と、若い医学生は精神科勤務の体験を語る。その気持ちが痛いほど僕にも分かるような気がする。臨床家は適度に距離を置き、自己を防衛する。しかしながら、クライアントは敏感である。臨床家のそういう態度を攻撃して、臨床家の防衛を剥ぎ取ってしまう。臨床家は身を守る術を持つことが許されず、クライアントと生身でぶつかることになる。それは臨床家には耐え難い苦しみをもたらす。(7)
 そこで僕は身を守る術を持つことを許されないまま、クライアントの抱えるさまざまな「悪」に直面する。僕はそれに感化されてしまう。防波堤となるものが根こそぎ撤去されてしまっているからだ。僕はその影響に曝され、すべてを内に抱えていくことになる。(8)
 先日、皮膚科に行った。広い範囲で湿疹ができてしまって、しばらく前からとても気にしていた。心身の不安が高まっていた時期だけに、何か良くない病気の前兆ではないかとさえ思ってしまった。それで、このあいだの水曜日に、たまたま時間に余裕があったので、皮膚科を訪れたのだ。僕の前に20人くらいの患者さんが待っている。予約の人がその間に割り込んだりするので、それ以上の順番待ちだった。ようやく僕の番が来る。先生の前に座って、僕は患部を見せる。先生はじっとそれを見て、この薬を朝晩二回塗ってくださいと言っただけだった。正直、この人たちはラクな仕事をしているなと思った。(9)
 結局、僕の湿疹は何なのか分からず終いだ。何から来ているものであるかも不明である。ただ、処方された塗り薬を朝晩二回塗っているだけだ。今日で三日目で、確かに、湿疹はましになっている。でも、何があってこれが生じているのか、不明なままであることに変わりはない。(10)
 僕たちはこんな仕事は許されない。「これをするといいですよ」なんて指示を出したところで、その根拠を追及される始末だ。それをすることが、どうして必要不可欠であり、それをすることによってどういうことを目指すのかの説明を求められることもあるし、ひどい場合には、まだ実行していないことの「証明」さえ求められる。説明しても、その説明が専門的すぎて理解されない場合は、さらにその説明の説明を求められることさえある。ああ、面倒だ。専門家の言うことなんだから黙って従えばいいのだ。(11)
 僕は僕で丁寧に仕事をしているつもりである。確かに、サイトを読んでもらえれば分かるように、僕は人に説明をすることがとても苦手である。上手ではない。それでも、僕にできる限りの説明をしている。求められれば、それに応じようとしているのだ。(12)
 しかしながら、けっこう労力を費やして仕事をしたのに、それで恨まれるなんてことはざらである。彼らの問題なのだ。少しでも感謝すればいいのだ。他者が不在なので感謝さえできないのだろう。(13)
 いけない、彼らの話に入っていきそうになっている。僕は僕自身に還らなければ。彼らも苦しかったことは僕にも伝わってくる。その苦しみには意味があるのだけど、苦しみを与えたとされる僕を恨むのだ。こんな筋違いの話はないと僕は考える。身体の治療であれ、苦しみや痛みが伴う時期があるものだ。僕を手術したからと言って、僕の執刀医を恨むなんてことは僕にはできない。痛い経験をしたけど、それで誰をも恨むことなんてできないのだ。(14)
 生きていくことは難しい。仕事をすることだってそうだし、経営となるとさらに難しい。いくら能力があったとしても、時代の波に負けてしまうことだってあるだろう。繁盛しているところの経営者が人間的に優秀であるとも限らないものだ。(15)
 昨晩、いつもの飲み屋に顔を出した。40年近く続けているお店だ。40年もやっている店なのに、昨夜はガラガラだった。そんなものである。もはや、老舗であるとか、そんなことは評価の対象にならないのだ。僕からすると、40年も続けるなんてすごいことだと思うのだけど、多くの人にとってはそんなことどうでもいいのかもしれない。僕には寂しい気がする。(16)
 僕は行ったことはないけど、やはり高槻の某飲食店のことだ。テレビで取材されたとたんに繁盛し始めたのだ。それがいまや下火になってきているようなのだ。A店が取材されれば、人はA店に殺到し、今度はB店がテレビで紹介されたりすると、かつてA店に殺到していた人たちがB店に殺到する。景気が良くなるためには、全体にお客さんが行き渡らないといけないのだろうけど、こうして一点化するのだと思う。これは要するに、殺到する人たちが自分を持っていないためだろうと僕は思っている。A店がテレビで紹介される。良さそうだなと思って行く人もあるだろう。しかし、紹介されたA店に行ってきたと自慢できることを目的に行く人だって少なからずいることだろう。(17)
 僕のような人間でも、高槻で開業していて、この12年の間に4回くらいテレビやラジオの依頼があった。僕はすべて断った。そういう連中が殺到してくると思うとゾッとするからである。まあ、今から思うと、何事も経験なので、一度くらいやってみてもよかったかもしれない。そういう気持ちもあることはある。(18)
 有名になりたいとは思わない。昔から目立たない人間だった。いや、目立たないようにするのが好きだった。注目を浴びることは、その瞬間は気持ちいいけど、終わった時にみんなの目がさーっと引いていく時の、あの置いてきぼり感はハンパじゃない。注目を浴びることは、僕にはとても寂しい経験になるのだ。それに、緊張だってするし。(19)
 僕はひどい緊張しいなのだ。昔はもっとひどかった。今はましになっているとは言え、緊張することはするのだ。クライアントに何かものを言う時でさえ、緊張感が漲る時があるくらいだ。(20)
 仕事をする。慣れれば緊張も薄らぐだろうと安易に期待していたけど、そんなことはなかった。いくらやっても緊張の連続である。こんなに緊張する僕がおかしいのだと思う一方で、これが普通のことなんだとも思う。仕事には緊張が伴うものなのだ。その緊張に耐えられる人間になることの方が、緊張をなくすことよりも重要なんだと思う。(21)
 僕は僕自身を育てていかなければならない。これは誰もがそうなのだと思う。親が育ててくれるのでも、先生やコーチが育ててくれるのでもないのだ。彼らはその手助けをしてくれているだけなのだ。優秀なコーチから、優秀な選手が生まれることもあれば落第していく人が生まれることもある。立派な親からダメな子供が育ったりすることだってある。反対に、ダメな親から優秀な子供が育つことだってある。最終的にはその本人にかかっているのだ。僕がどうなるかも、どんなふうに育つかも、すべて僕自身にかかっている。僕は僕のすべての原因なのだ。(22)
 僕はそんな考え方をしている。だから、僕は意外と厳しい人間なのだと自分では思っている。他の人から見ると、僕は優しそうに見えるようだ。もちろん、人には優しくしたいとは思う。でも、根本では、僕は厳しい人間なのだと自覚している。(23)
 時にはそういう厳しさを発揮しなければならない場面もある。僕は辛いと感じる。クライアントが投げ出そうとしているところを、投げ出してはいけないと、厳しく言わなければならない場面だってある。「苦しかったら、投げ出していいよ」なんて、とても言えない場面もある。断念しようとしている人に、「もう一度やってごらん」と背中を押さなければならない場面だってある。本当は、その人たちが苦しいっていうことも分かっているのに。分かっていても、それを言わなければならないのだ。(24)
 僕が自分に厳しいことを言うのはなんてことはないのだけど、それを他の人に言わなければならないとなると、僕はひどく苦しむ。厳し過ぎたかと、後悔の念に苛まれる。(25)
 マザーテレサという人がいた。とても慈愛に満ちた人という印象を受ける。でも、あの人はとても厳しい人だったということも聴いたことがある。僕は頷けるような気がする。人に優しくしようとするなら、厳しさも必要である。愛には厳しさが伴うことだってある。本当に相手のためを思うなら、厳しさを発揮しなければならない場面って、必ず出てくると思う。相手を放任するだけの行為は、愛でも優しさでもないのだ。(26)
 僕の中にも厳しさがある。それがそんなに悪いことだろうか。子供が危険な領域に足を踏み入れようとするのを、叱ったり、厳しく禁じたりする親は、本当に悪い親なんだろうか。物事を表面でしか見ない人にとっては、それは悪だと言うかもしれない。確かに悪かもしれない。それでもそのすべてが悪なのだろうか。(27)
 僕は本当に恨まれるようなことをしているのだろうか。非難されるようなことを何かしているだろうか。僕にはその必要性が感じられるから、それをするのである。相手がそれに耐えられるかどうかも見ようとしているし、相手がそれを聴きいれることができる状態にあるかどうかもできるだけ見るようにしている。一度に言わずに、小出しにして言う工夫も試みているのだけど、それは相手に対する配慮のつもりだったのだ。それも違うのだろうか。(28)
 クリニックで働いていた頃、F先生という女の臨床家がいた。F先生はF先生の考え方で臨床に臨まれていたと思うので、僕はそこはとやかく言わない。ただ、F先生という人は、すごく厳しい人だったように僕には映っていた。もう少し穏やかに面接をすればいいのにと思うことが、僕には多々あった。それで、僕はF先生のようなやり方はしないでおこうと決めていたのだけど、蓋を開けてみれば、僕もいつしかF先生と同様のことをしてしまっている自分に気づく。本当はそこがイヤなのだ。あの人と同じようなことをしてしまっている自分に嫌気がさすのだ。(29)
 どんな臨床家の先生にも正しい部分があるものだ。F先生の中には正しいと思えるものもあるということは明記しておこう。クライアントによっては、そういう厳しさを出さなければならないこともあるのだ。(30)
 親の愛ということがとても強調されている時代であるように僕は思う。それこそ、親が愛情さえ注いでおけば、子供は自然に育つとでも言わんばかりである。もっとも、そう感じるのは僕だけかもしれない。あくまでも僕の個人的見解であるということにしておこう。子供にもっと愛情を、もいいだろう。しかし、そこには愛情の種類はなんら問われていないのだ。どんな種類の愛情を言っているのだろうか。そもそも、僕たちは愛情という言葉に対して、共通の認識を有しているだろうか。(31)
 子供を虐待する親は自分が子供を虐待しているとは、本当に信じていないかもしれない。自分もそうされたからそうしているだけだと感じているかもしれない。それが虐待であるとは学んでいなかったかもしれない。児童虐待は確かに望ましいことではないし、できる限り撲滅しなければとも思う。しかし、それを虐待だということを学んでこなかったことに関して、本当に僕たちはそれを責めることができるだろうか。ぶん殴ることが愛情であると、その人が本当に学んでしまっているのだとすればどうだろうか。我々はその人を責めるのではなく、その人に再学習の機会を与えなければならないのではないだろうか。(32)
 攻撃することは簡単である。どの人も攻撃される材料を持っているものである。どんな些細なことにでも言いがかりをつけることはできるのだ。そして、それをとても巧みにやってのける人もある。攻撃される人の問題なのか、攻撃する人の問題なのか、本当はどっちだかはっきりしないことだってあるだろう。そんな簡単な問題ではないのだと僕は思う。(33)
 ある人が絶対的に正しくて、他の人が絶対的に間違っているなんてことはあり得ない。この思考をする人は、未熟なのだ。幼児的なのだと僕は思う。僕は、幾人かのクライアントから絶対的な悪を投げかけられる。彼らの中では、自分が絶対に正しくて、僕が完全に間違っているという論理になる。僕がそれを正そうとすれば、彼らはそれを僕の悪の証拠として取り上げる。彼らは僕が悪であることを、無理矢理にでも僕に呑みこませようとする。いいだろう。呑みこんでやる。ただし、その後に自分がどうなるかも彼らには考えてもらいたいものである。(34)
 誰かに悪を投影した人間は、その投影した相手からの報復を恐れるようになるといった例もある。そして、その人は、自分の悪を投影した人から逃れられなくなる。悪を担った他者が、亡霊のようにその人の心にまとわりついてくる。決して、切り離すことはできない。もともとその人の中にあった悪であるから、それはその人から離れることなんてないのだ。こうして、生涯、それに憑りつかれた人もあるくらいだ。僕のクライアントにもそういう人がいたのだ。いつか、話してもいい。(35)
 相手を、スプリッティングし、投影することは、生涯に渡って、その人を拘束していくのだと僕は思う。苦しくても自我化していく方がいいのである。(36)

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)



投稿者 高槻カウンセリングセンター

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