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2016年11月 5日 土曜日

11月5日:<唯我独断的読書評>『或るアッティカ少女の墓』

11月5日(土):<唯我独断的読書評>
『或るアッティカの少女の墓』(エルンスト・ブシォール著)

 この墓がどこにあり、どんな様子であったかは分からない。ただ13個の副葬品が発見されただけである。これらの副葬品は決して人目に触れるはずのないものだった。この副葬品から、この墓は若い娘、少女のものだということがわかるだけである。
 副葬品は、少女が生前愛用していた用具や玩具などが収められ、葬礼のために香油瓶レキュトスが添えられていた。本書は、このレキュトスに描かれた画を巡っての考察である。

 何か考古学的な内容を期待すると、訳が分からなくなる(初読の時の僕がそうだった)ので、明確にしておかなければならないが、本書はギリシャ美術に関するものである。しかし、いずれにしても、僕は考古学にもギリシャ美術にも門外漢なので、果たして正しく読めているかどうかは疑問である。僕が理解した範囲のことだけを述べよう。

 ギリシャ時代、人々は死に対してどのようなイメージを持っていただろうか。死の場面はどのように表現されていただろうか。
 アルテミスの矢に突然射抜かれるというイメージがあった。そういうモチーフの画や彫刻が発見されている。ここでは死は神々からいきなり襲われるものとして捉えられているわけだ。
 少し後の時代になると、ヘルメスやカロンによって、死者は導かれるというイメージへと変容する。ここでの死は、射抜かれるというような攻撃的なものではなく、神によって神々の国に引き連れられていくというイメージである。
 さらに後の時代になると、死は神々によって迎えられるというイメージへと発展していく。神によって導かれ、引き連れられていくというイメージが衰退し、死者は神によって迎え入れられるという形に変容するわけである。ここでは神と死者はお互いに向かい合う構図の絵として描かれる。
 神からの突然の攻撃~神によって引き連れられる~神によって迎え入れられるという変遷は、当時のギリシャの人たちの死に対する態度や意識の移り変わりを示しているものと思われるが、美術においてもそれぞれのイメージを具現化した作品が残されている。

 少女の墓から出土したレキュトスに描かれた画は、少女とムゥサ(女神、ミューズ)が静かに向かい合う構図のもので、先のイメージの変遷で言えば、最終段階の時期に該当する。
 また、この画を描いた画家は、当時とても人気のあった人のようで、同じ画家の手によると思われる作品がいくつも出土しているそうだ。この画家においても、その作風に変遷が見られる。それはこの画家だけの話ではないかもしれない。当時の美術の発展がそのようなものであったのかもしれない。
 神と死者の二人が向かい合う構図の絵は、最初の頃は、神は神として描かれており、細部や動きに関する描写もあった。その後、楽器を持つということで、それを神として象徴的に表すようになった。音楽は天上の神々が奏でるものであるから、楽器を手にしているということは、それ自体神であることを表現しているわけである。
 従って、直接、神であることが示されているような人物を描く必要がなくなったわけである。同じような一人の人を描き、その人が手に楽器を持っていれば、その人が神であることが分かるわけである。こうして、死者と神とは、同じような姿で描かれることになる。
 また、細部を描く技術が向上して、動作で示さなくとも、それがどういう場面を表しているかを示すことができるようになった。
 これらの発展から、これらの絵は、徐々に無駄な動きがなくなり、ただ静かに二人が対峙している図になる。多くは二人の人間(というか神と死者)が直立して、向かい合っているだけの絵になる。絵としては簡素で静寂なものになるわけだ。
 この静寂さの中に、すべてが語られているのである。著者はこの少女について記している。「この美しい女人はいつもムゥサだったのではないか。彼女はその竪琴から美しい調べを誘いだすとき明るいヘリコン山に天さかっていたのではないか、そしてその人が我々から逝ってしまった今こそ、アポロンの無垢で敬虔な侍女となっているのではないか、そして彼女を奪われた我々は、我々の薄暗い空しくなった家と明るい山の頂にいる美しいひととを隔てている峡谷の彼方を悲しい暗い眼差しで見てはいけないのではないか、とこの絵は言おうとしているのではないか」
 とても詩的な表現だけれど、著者は副葬品のレキュトスに描かれた図を見ていく中で、このような感慨に陥っていったのだろう。でも、この絵、この静寂すぎる死の場面の神々しさを思うと、僕もそれと同じような気持ちになってくる。

 唯我独断的読書評は、4つ星半だ。
 僕はこの本が好きなのだ。
 当時、おそらく、この少女の死を悼んだ人たちも多かっただろう。人から愛された少女だったのではないかと思う。
 二千数百年を経て、この少女の墓が発見されるのだ。副葬された品々は、当時のままの姿をかなり維持していて、この少女が現実に生きて存在していたことを、少女に代わって、僕たちに証明するのだ。この少女は決して忘却された存在ではないのだ。

<テキスト>
『或るアッティカ少女の墓』(1959)エルンスト・ブシォール著
澤柳大五郎 訳 岩波書店(1978)

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)



投稿者 高槻カウンセリングセンター

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