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2016年11月 8日 火曜日

11月8日:ミスバカにクスリなしー5『醗酵人間』

11月8日(火):<ミステリバカにクスリなしー5>『醗酵人間』(栗田信)

 「醗酵人間」というタイトルを見ただけで、僕はビビビッときたね。
 SFファンの間ではカルト的な作品として知名度があったようだ。長らく絶版になっていて、古書店ではこんなB級臭がプンプン漂ってくる作品に十数万円の値がついたそうだ。信じられん話だ。このタイトルに惹かれまくって、僕は購入する。そして、読み始めると、期待通りの作品であったことに大いに満悦する。

 まず2つの町村の間で、道路建設を巡っての対立が起きる。陰謀によって、九里真五郎(父)が殺され、トンネルに埋められる。息子の九里魔五郎は、後年、その事実を知るも、命を落とす。やがて、魔五郎は墓場から生き返り、醗酵人間となり、復讐の鬼と化す。これが本書の基本となっている背景である。

 ところで、本書は長編小説となっているけれど、実際は連作短編の観が強い。おそらく短編として独立に書かれた作品をむりやり長編に仕立てたのだと思う。そのために随所で整合性を欠くことになる。
 例えば、第4話「贋者」で、醗酵人間は醗酵して体を膨張させ、空を飛んで逃げるシーンがある。そんな能力があるのに、第2話「魔五郎氏東京に現わる」では醗酵人間がヘリコプターに救出されていたりする。
 同じく第2話で、醗酵人間に復讐を誓う倉地だが、この人物は後にはまったく登場しない。
 また、第5話「魔五郎は俺だ!」では、事件の舞台となったアパートの見取り図を掲載しておくと本文中にはありながら、どこにもその見取り図が載せられていなかったりする。スゴイのは、その見取り図がなくても物語理解にまったく影響しないという点である。
 醗酵人間は真五郎の方か魔五郎の方か、僕にははっきりしなくなった個所もあったし、第5話で自分が二人存在するという魔五郎の訴えはウヤムヤになった観がある。ホント、破綻寸前の内容である。
 登場人物たちも、銀幕のスターから下水のドブ掬いまで、実に多種多様の人たちが出てくる。戦後の、けっこうすごい世相を見る思いがするのだけど、魅力的な人間が全然登場しないのである。
 さて、次から次へと殺人を犯していく醗酵人間であるが、一話目で紹介された復讐エピソードはどこへやらである。後になって、殺された被害者が実はあの事件の関係者の関係者であるなどと説明されていたりする。後付けで、取ってつけたような説明が挿入されるのだ。しかし、その人たちが事件関係者とどのような関係にある関係者であるかはまったく示されていない。素晴らしい。
 しかも、醗酵人間の存在は海外まで知られ、海外ではヨーグルト・マン(笑)と呼ばれているとある。ヨーグルト・マンって、ヨーグルトのキャンペーンキャラみたいだ。
 そんなこんなで突っ込みどころ満載の作品である。

 そのように荒唐無稽で、ツギハギだらけの作品なのだけど、戦前戦後のミステリ系の作品にはそのようなものも少なくない。乱歩の小説だって、一歩間違えると思い切りB級作品になると思う。それに、当時の少年向けのミステリとか秘境探検小説などは、現代からみると、結構、荒唐無稽なB級感濃厚な作品があり、それらが普通に読まれていたように思う。
 だから、本書「醗酵人間」の破綻寸前な荒唐無稽さは、当時としてはそれほど違和感がなかったかもしれないとも思う。

 しかし、本当に凄いのは、醗酵人間、九里魔五郎の一つ一つのセリフである。大して意味のない内容に、過剰なほど大仰な言い回しのセリフ、これまた素晴らしいね。
 例えば、醗酵人間がお前は誰だと問われる場面がある。醗酵人間は答える。
 「俺か?俺は醗酵人間だ。俺は普段何の変哲もない人間だ。が、一度醗酵性の液体とか植物、鉱物の類を口中に投ずれば、たちまち悪の芽が醗酵を起こし、身体中が悪事をしたい、人をなぶり殺しにしたい衝動でふくれ上がるのだ!判ったか!」
 「判らんわっ!」と言い返したい衝動にこちらは襲われるのだが、これって、順番を入れ替えると、醗酵性のものを口にしない限り、俺は何の変哲もない人間だと言っているのに等しいわけだ。それに、体の中で悪の芽が醗酵して、悪いことをしたくてたまらなくなるなんて、なんの説明にもなっていないところが、また、素晴らしい。

 本書の作者は栗田信さんという人だ。長らくその経歴も分からなかったそうだ。今回、多少の経歴があとがきにて記されているけど、実際にはどんな人だったのだろう。
 何かで読んだことがあるけど、「悪」を描くことは難しく、それができる小説家は一流であるそうだ。悪役を造形する。これは簡単である。しかし、その悪役を本当の悪役として生かせるためには、作者が自分の悪を掘り起し、悪役と一体になることができないといけないようである。作者が本当の悪にならない限り、作中の悪役に息を吹き込むことができないのだと思う。
 この観点からすると、栗田信さんはそこまで悪になれない人だったのかもしれない。作者が悪になりきれないので、醗酵人間も中途半端な悪役になってしまったのではないかと僕は分析している。でも、いずれにしても一つだけ言えることは、栗田信さんはきっと「いい人」だったに違いない。

 さて、本書の評価であるが、難しい。個人的には4つ星を進呈したいのだ。ただし、この評価はあくまでも逆の評価である。「面白い」ではなく「くだらなすぎて面白い」といったニュアンスの評価である。やはり、正直に2つ星にしておくか。
 退屈で、時間を持て余している時に、もっと退屈になりたい方にお勧めする。こんな本に時間を割くくらいだったら、もっと有意義なことに使ったらよかったと後悔してみたい人にもお勧めする。

<テキスト>
 日下三蔵 編 ミステリ珍本全集3『栗田信 醗酵人間』(2014)
 同書所収「醗酵人間」(p5~p153)。
 「醗酵人間」初版は昭和33年

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)



投稿者 高槻カウンセリングセンター

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