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2016年11月 3日 木曜日

11月3日:水泡に帰す

11月3日(木):水泡に帰す

 今日は少し遅刻をしてしまった。祝日だということを忘れていて、電車を乗り損ねてしまったのだ。まあ、本日最初のクライアントには間に合うように来室できたので、それはよいとしよう。

 しかし、その一人目のクライアントが来なかったのだ。無断キャンセルか。
 ああ、これでこの人のために考察したことも、立てた計画も、すべて水泡に帰してしまうのか。不真面目なクライアントに対して、バカなほど真面目に取り組んだ僕がバカに思えてくる。
 この無断キャンセルはこの人の症状なのだ。多くの人は症状というのが特定の場面でしか現れないと思うようだが、そうではないのだ。人間はどんな状況においてもその人全体で関わるのだから、一つの症状はさまざまな場面で現れているのだ。ただ、それが症状の一環だということを当人が知らないだけである。
 この人は安定して一つのことに取り組むことのできない人だった。自我が一貫していないからそうなるわけだ。従って、常にその場限りのギリギリの適応をしてきたはずなのである。もし、カウンセリングに安定して取り組むことができれば、それだけで改善に踏み出したことになるのに、この人は自らその道を閉ざしたのだ。
 僕の努力が無駄に終わったのは苦しいが、結局、その人の人生はその人のものだ。僕がどうこうできる領域の事柄ではないのだ。でも、報われない仕事をしたと思う。

 来ない人のことに煩わされない。20分待って現れなかったので、僕は次のことを始める。ブログの更新を行った。過去の未公開の分を公開した。15件ほどあったのかな。
 それと、かつての「ブログ1」を再開している。時間があれば、こちらも実施するところだった。

 他に、今日、特筆すべきは、問い合わせが一件あったことだ。はっきり言って「遠い」人だったので、よく考えてもらうように伝えた。決意や覚悟の薄い人に無理に来てもらうことはない。

「夜読書」。フローベールを読むはずだったのに、何気なく手にした『哲学的人間学』(W・ブリューニング)が面白すぎて手放せなくなった。読み始めると、ぶっ通しで読んでしまった。
 この本はかなり以前に買ったものだ。哲学の勉強をもっとしなければと考えていた時期に、古本屋で買い込んだ中の一冊だった。
 当時、読んでみても、十分には理解できなかったし、どちらかと言えば難しいと感じた。それが今では随分よく分かるようになった。哲学に関する知識がそれだけ増えたおかげだろう。
 知識が増えるほど、本を理解することが容易になる。ホント、それを実感した。
 とは言え、完全に理解できているかと言われれば、いささか怪しい部分もある。
 今回、読んでみて思ったことは、僕の哲学の知識にはムラがあるなということだ。現象学や実存哲学に関する事柄はスイスイと理解できたけど、スコラ派、ならびに新スコラ派に属する哲学者の見解はちょっと理解しづらかった。
 しかしながら、そういうことが分かるということも一つの進歩だと思うのだ。どの辺りが自分は不十分であるかが分かるということも大切なことである。
 そうして、僕は前進を続けることにする。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)



投稿者 高槻カウンセリングセンター

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