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2016年10月19日 水曜日

10月19日:ミスバカにクスリなしー3『完全脱獄』

10月19日(水):ミステリバカにクスリなし―3
『完全脱獄』(ジャック・フィニイ 著)

 脱獄もの。ミステリの中ではいささかマイナーな分野だけど、歴史のある分野である。古くは『モンテ・クリスト伯』に脱獄シーンがある。ルパンの脱獄やフットレルの短編などが有名ではなかろうか。

 小型ボートに乗る二人の男女。ベンジャミンとルース。彼らはサンクエンティン刑務所を見上げている。数日内に、ここから兄のアーノルドを脱獄させなければならないのだ。
 アーニー(アーノルド)は婚約者のルースに結婚指輪を買ってやるために不渡り手形をつかませたことで逮捕されている。刑務所にて、アーニーは看守を殴ってしまう。看守への暴行は罪が重いのだ。幸い、目撃者はいなかったように思われた。
 ところが、目撃者がいたのである。この目撃者は、たまたま仮釈放の日だったので、それを報告することで釈放が延期されてしまうのを回避したかったのである。保護司の説得で目撃証言をすることになり、4日後に刑務所に戻ってくることになっていた。
 この話はアーニーを窮地に陥れる。目撃者が証言すれば、極刑に処せられてしまう。4日以内に脱獄しなければならない。それには弟のベンジャミンの手を借りるしかない。
 これまで、サンクエンティン刑務所から脱獄できた者はいない。同房のアルに相談したところ、アーニーが知るのはその事実であった。それでもここから抜け出さなければならない。アーニーは知恵を絞り、ある作戦を立てる。

 さて、この脱獄計画をあまり詳細に述べるわけにはいかなけど、簡単に言えば、兄弟であることをいいことに、弟が刑務所に忍び込んで一日だけ兄になりすますのだ。その間、兄は刑務所内に隠れ場所を作る。そして、弟と再び入れ替わり、弟は外へ出る。兄は脱獄すると見せかけて、その隠れ場所に身を潜める。その間、弟が脱獄囚を演じて、捜査を誤った方向に逸らせる。こういう流れである。二人一役を演じるわけである。
 どうやらこの刑務所は、脱獄が発覚すると速やかに動くのだけど、平常時は人の出入りが容易であるようだ。

 面白いのは、ベンが刑務所で経験することである。ここではそれが兄だろうと弟だろうと誰も気にしないのだ。頭数が揃っていれば十分なのである。アイデンティティなど確認されることもないのだ。
 一方、兄のアーニーは脱獄する時、どうして過去において、成功の見込みがなくとも、多くの囚人が脱獄を試みたのかを悟る。脱獄によって、アイデンティティが確認されるからである。どこの誰ということがその時初めて人々の関心の的になるためだと悟る。
 囚人になるということがどういうことか、脱獄するとはどういうことかが、兄弟によって悟られるわけだけど、それは無名な一存在であり続けることと、何者かになろうとすることであるわけだ。なかなか実存哲学っぽい内容である。

 さて、本書の第5章にて、兄のアーノルドの性格傾向が弟のベンによって語られるシーンがある。それによると、アーニーは自我境界が脆い人間であることが窺われる。隠れ場所に身を潜める時にあれほど外界の影響を受けるのもそのためだったのだろう。
 しかし、この兄の性格傾向はラストシーンで活かされる。兄がどういう人間であるかということが十分に知らされているので、読者はこのラストシーンに反感を覚えないと思う。むしろ、自分がベンの立場だったら同じことをするだろうなどと、読者はベンの方に自然と感情移入するだろう。なかなか上手く伏線が張られているなと思った。

 物語はハラハラの連続で面白い。読者は、これがどういう脱獄計画なのかを知らされないまま読み続けることになるのだけど、そこも面白い。一方では脱獄が成功するかどうか、逮捕されてしまうかどうかという興味があり、他方では一体どのようにして脱獄するのだろうという興味も掻き立てる。よく練られたストーリーという感じがする。
 また、隣人のノヴァなんて人物を登場させる辺り、ホントに上手である。この男、ベンたちの隣人であり、刑務所に勤めているのであるが、彼の存在によって、物語にサスペンスが生まれるわけだ。

 僕の評価は、取りあえずは4つ星ということにしておこう。

<テキスト>
『完全脱獄』(The House of Numbers,1957)ジャック・フィニイ著
宇野輝雄 訳 早川ミステリ文庫HM38-2(昭和55年) 278ページ

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)



投稿者 高槻カウンセリングセンター

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