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2016年10月16日 日曜日

10月16日:ミステリバカにクスリなしー2「読後焼却のこと」

10月16日(日):<ミステリバカにクスリなし―2>
『読後焼却のこと』(ヘレン・マクロイ 著)

 ヘレン・マクロイだ。ミステリの女王だ。いや、言いたいことは分かっている。ミステリの女王と言えばアガサ・クリスティだろうと。でも、僕の中では、クリスティよりもマクロイなんだ。
 本作は1980年発表の作品で、著者75歳の作にて、尚且つ、ネオ・ウルフ賞を受賞している。まったく衰えを知らない作家だと思うが、受賞するだけあって、内容も充実している。

 物語は作家のハリエット・サットンが、弁護士のジェイベズ・コッパードの仲介斡旋によって、ボストンに居を構えるところから始まる。ハリエットは、ここに同じ作家、文筆業者に間貸しして生活することにする。5人の間借人が決まる。サファイラ・クレイ(推理小説家)、アナ・ラングサム(翻訳家)、トリストラム・パーティ(歴史小説家)、アリス・ジャコモ(童話作家)、ドナルド・ベック(戦争小説家)の5人である。
 こうして作家たちとの生活が始まったのだが、ある時、庭に落ちてくる一枚の紙をハリエットが拾う。そこには、「読後焼却のこと」と題され、ネメシスの正体が分かった、ネメシスは同じ家に住んでいる、事故死にみせかけて殺さなくてはといった文章が綴られており、そこから先は文章が途絶えていた。誰かの原稿の一部だろうか。それにしても気になる。
 ネメシスとは、辛辣な書評家のペンネームだ。槍玉に上げられて作家たちから恨みを買っている書評家である。このネメシスがこの家に住んでいる。そして、その正体を見破った人間と共犯者もここに住んでいることになる。
 間借りする5人もこれには無関心ではいられなかった。ハリエットはネメシスの書評をコピーしたり、他の者はその紙片がどこから落ちてきたかを実験する。
 また、ある時、マット・デアリアンという不動産屋がハリエットを訪れ、この家を売ってほしいと申し出てくる。マットはアジャックスという、よく訓練された犬を護衛につけているという人物だ。それから、ハリエットの家の前で得体の知れない道路工事も行われる。
 数日後、自室に戻ったハリエットは、そこに一人の男が死体となって倒れているのを発見する。死んでいるのは弁護士のジェイベズ・コッパードだった。なによりも衝撃だったことは、死体のそばにはモロッコに行っているはずの息子トミーが立っていたことだった。
 このままでは息子のトミーが容疑者にされてしまうのではないか、ハリエットはトミーを匿い、精神科医にして探偵のベイジル・ウィリング博士に助けを求める。
 以上、第1部の「犯行以前」のおおまかな流れである。
 ベイジル・ウィリング登場後の第2部は、目まぐるしく物語が展開する。トミーは逮捕され、さらに第2の殺人が発生する。ネメシスは誰か、あの紙片を書いたのは誰か、さらにデアリアンの犬はどこに消えたのか、そして真犯人は誰なのか。謎が錯綜していく。

 ここから先は、推理小説の暗黙のルールとして、記述するわけにはいかないけど、最後にはすべての謎が解かれる。ネメシスの正体も、あの紙片を書いた人物もその共犯者の正体も、そして真犯人も明らかになる。
 そればかりではない。アル中にて、変わり者、「作家の壁」にぶつかっているドナルド・ベックには再生の道が開かれる。同じように、ベトナム戦争の体験から記憶障害を持つトミーにも治療の道が開けてくる。事件が解決されるだけでなく、その他の登場人物たちの生が前進していくところも、本作の魅力である。
 登場人物の一人一人にしっかり目が行き届いているという感じがする。著者の熟練の技を見る思いがするのだが、これもまた本作の魅力ではなかろうかと思う。
 なによりも僕はこのベイジル・ウィリングというキャラが大好きだ。この人のセリフには、時々、ハッとさせられるものや、妙に納得してしまうものがある。本作でも、ある人物の部屋に入った途端にネメシスの正体が分かったり、紙片に綴られた文体から書いた人間を推理したりなど、魅力的な場面が満載である。手に負えないデアリアンや変わり者のドナルドへの対応にも学ぶところが多い。トミーに対しては、探偵としてだけではなく、精神科医としても考えている。ホントに魅力的な主人公だと僕は思う。

 さて、誰もこういう評価を期待していないだろうけど、僕の独断的な評価では、本作に4つ星半を進呈しよう。半星マイナスというのは、僕の好きなベイジル・ウィリング博士が後半になってようやく登場するという部分である。そのため前半がものすごくもどかしい(もちろん、この前半部分、第1部が重要なのだけど)と感じてしまったところに由来する。でも、作品はよくできている。未読の方にはオススメしたい。

<図書>
『読後焼却のこと(Burn This)』ヘレン・マクロイ著(1980)
山本俊子 訳 ハヤカワポケットミステリ1387(昭57)
187ページ(本文と解説。上下二段組)

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)



投稿者 高槻カウンセリングセンター

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