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2016年10月11日 火曜日

10月11日:まともじゃない一日

10月11日(火):まともじゃない一日

 今日は散々だった。今日だけではない。この3連休からしてダメだった。
 土日は仕事を入れていたけど、月曜日は空けておいた。少し外に出ようと決めていたのだった。多少は外を歩かないといけないし、陽にも当たらないといけない。そのために空けておいたのだった。
 ところが、この3連休は膝の痛みに悩まされ通しだった。すごく痛むのである。そこを庇って歩くから、他の所も何かと痛くなる。結局、月曜日は終日家の中にて過ごすこととなった。
 今日、火曜日は、定休日である。膝の痛みはまだ続いている。無理はできない。家に居ようかとも思うが、家の中は騒々しい。一人で静かに過ごしたい。そうなると高槻に出て、職場で一人過ごすしかない。
 なんとか高槻まで来て、職場に入る。ここは静かだ。誰にも邪魔されない。ここで今日は横になって、足を安静にしよう。
 そう思いきや、いきなり電話だ。僕にまったく関係のない営業の電話だった。よけいなことで安静が破られた。
 また、横になる。こんどは扉にノックがある。一体誰だと思い、対応する。これも営業の人間だった。でも、彼は階を間違えているのだ。それは2階ですよと教える。やれやれ、邪魔が入った。
 しばらくは休めたけど、また電話だ。今度は誰だ。出ると、かなり以前に来られたクライアントだった。また来るつもりだろうか。来てもいいけど、今日の電話から察する限り、まず今回も見込みがないだろう。来る人が必ずすることを彼はせず、来ない人がやることの典型を彼はやっているので、まあ、期待できないな。全く、無駄な時間を取られた。
 今度こそ休めるだろうか。また電話だ。なんかの営業だろう。FAXだった。いきなりFAXを送りつけてくるようなところとは付き合いたくないのだ。面倒だ。中断する。
 こんなことばかりが続いて、午前から午後にかけてはまったく安静どころではなかった。もう休むのもアホらしくなってきた。起きて、原稿を書き、勉強する。そのまま夕方まで続ける。すると、この時間はなんの邪魔も障害も入らなかったのである。たいてい、こんな具合である。

 夕方、少しだけ外を歩く。かろうじて歩くことはできる。どこかでお茶でも飲もうかとも思うが、微妙な時間だ。結局、いつもの立ち飲み屋に入る。
 いつものようにビールを規定量だけ飲む。いつもの常連が集まる。それは構わないけど、いい加減、この顔触れにも辟易してきた。やかまし過ぎる。
 これまでずっと、この店で観察していて、僕は自分の仮説が正しかったことを確信した。「人生に失敗している人間はお喋りだ」という僕の仮説は正しいと思うようになった。
 これはその通りなのだ。その人には目を背けたい過去があり、隠したい失敗がわんさとあるんだ。そこに意識が向かわないためには、ただ外側に向かって無駄なお喋りをし続けるしかないのだ。沈黙は耐えられないのだ。自分を見てしまいそうになるからだ。だから、絶えず何かをしゃべり続けなければならないのだ。ちょうど後ろめたいところのある容疑者が饒舌になるように、自分をごまかすためにお喋りを続けなくてはいられないのだ。
 もう、僕はこの仮説を確証した。もはやあの店にて新たな発見があるとは思えない。今後は行くのを控えよう。

 そうして帰宅する。痛み止めを飲んでいたせいか、変な酔い方をしたかもしれない。
 それにしても、今日はまともな一日じゃなかった。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)



投稿者 高槻カウンセリングセンター

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