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2016年9月19日 月曜日

9月19日:夜の出来事

9月19日(月):夜の出来事

 僕は関係ないけど、世間では3連休だった。とは言え、僕の方はあまり忙しくなかった。多少の予定は入っていたけど、それ以外の時間は、原稿を書いたり、本を読んで過ごし、それなりにのんびりもした。
 今日はその最終日ということもあってか、夜は人が少なかった。職場を出て、2時間ほど喫茶店で書き物をして帰宅する。台風のことも気になるし、雨も降っていた。
 駅から家まで歩く。今日から松葉杖を一本にしている。ちょっと歩くのにも慎重になる。駅を出て、間もなく、変な胸騒ぎがして、体が震えた。そして、「死ぬのではないか」という観念に襲われ始めた。あくまでも観念だったけど、妙に現実的に迫ってきた。動悸がして、息苦しい感じが出始める。
 僕はその場に立ち止まる。軽い不安発作だということが分かっていた。不安発作なら何も怖いことはない。しばらくすると治まるからだ。ジタバタせずに、じっとして、呼吸を整える。発作はすぐに治まった。
 発作そのものは何てことはないんだけど、心配なのはその胸騒ぎを引き起こしたものだ。第六感というものだろうか、僕は割とそういうものを信じる。僕が何かを感じ取っているのだ。自分の外からも内からも、何かを感じ取り、体験したのだと思う。ただ、それは何かは分からない。
 でも、それを考えるのは後だ。今は無事に家に帰ることだけを考えよう。僕はさらにゆっくり、慎重に歩を進める。多少遠回りしてもいいから、広い道を通って帰ろう。足元にも、周囲にも、気を配る。危険がないか常に確認して歩く。
 いつも通っている道で、変わらぬ風景だ。違ったように見えるということもない。ただ、驚くほど人通りがない。誰にもすれ違わない。前を見ても、後ろを振り返っても、一人もいない。まるで、世界で一人取り残されたかのような寂しさが湧き起こる。
 後ろから自動車が追い抜いていった。パトカーだ。それは僕の少し前方で停車した。少し怖かったが、僕には何も疾しいことがなかった。そのまま歩き続ける。しばらくすると、パトカーは走り去った。何か近所で事件でもあったのか、今までパトカーとここで遭遇するなんてことはなかった。
 いつもと違う部分を見てしまうのは、止めようと思う。不安な時は、それがさらに不安を生むからだ。とにかく歩行に全神経を集中する気持ちでいようと思った。
 歩いている。街灯の光で僕の影が前方に延びる。飛び上がるほどびっくりしたが、影が二人なのだ。僕はてっきり自分一人だと思っていた。それだけに驚きは倍増した。
 振り返ると、すぐ後ろに女の人が歩いていた。雨が降っているのに、その人は傘もささずに歩いていた。手に傘を持っているのに使わなく、けっこうびしょ濡れになっていた。
 僕はスペースを空けて、その女性に先を譲った。現実の女性だった。ユーレイなんかではなかった。
 まったくびっくりさせる。こっちは神経を歩行に集中していたので、周囲のことが疎かになっていたため、意外な出来事だった。すると、今度は声が聞こえる。やはり女の人の声だ。
 現実の声かどうかを確かめなくては。現実の声なら、それを発した人がどこかにいるはずである。キョロキョロと辺りを見回す。ずっと後ろの方で、女の人の姿が見える。どうやら歌を歌っているようだ。しばらくその人を見ている。あれは現実の人で、聞こえる声も現実なんだということをしっかり確認してから、再び歩きはじめる。
 何をやっているんだと言われそうだけど、現実に見たり聞いたりしたことと、見た気がする、聞こえてきた感じがするということをしっかり区別しようとしているわけだ。不安な時には「感じ」に支配されてしまうことが一番よくないからだ。
 ようやく国道に出る。車は少ない。まるで深夜のようだ。
 いつものコンビニがある。今日はやめておこうと決めていたけど、やっぱりチューハイを一本買って、店頭で呑む。酔いが染み込むと、少し気分が落ち着いた。何とか帰れそうだという期待が生まれる。
 以後、何事もなく家に辿り着いた。自室に入ると、今日のことは一体何だったのだろうと、僕の中で疑問が湧きあがる。僕はそれを考えずにはいられなくなった。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)



投稿者 高槻カウンセリングセンター

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