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2016年8月31日 水曜日

8月31日:なんとなくハード

8月31日(水):なんとなくハード

 午前中、室内の整頓を行う。3時間ぶっ続けでやる。昨日、休んだ分を取り戻さないといけない。いささか無理をしたのか、足の具合が悪くなる。
 朝のうちに時間があったのは、リハビリのために空けておいたからだ。もう、リハビリにも行かないし、行っている余裕がない。
 また、サイトの方も確認する。行間がどのようになったかを見る。それなりにいいとは思う。細かな手直しはしていかなければならないだろうが、それは後日だ。
 午後より面接、その他の事務的な仕事をこなす。膝に関する不安が高まっている。
 夜、整頓の際に出たごみを捨てる。4袋分。ゴミ捨て場まで4往復しないといけないのかと、そう思うと気が重たくなる。何とか無理して2往復で済ませる。
 その後、喫茶店で書くか読むかしようと思ったが、いつもの飲み屋さんでビールを2本だけ飲む。前を通りかかると、客が誰もおらず、ママさんがぽつねんと立っていたので、顔を出しておこうと思った。
 このママさん、客がしばらく顔を出さなかったら病気でもしたんじゃないかと心配するような人だ。余計な心配させないように、僕も定期的に顔を見せるようにしている。
 ママさんが言ってたけど、酔うと口が悪くなる客がいるそうだ。長年通っている常連さんなんだけど、態度が大きくなって、口が悪くなるそうだ。それで、先日、その人が隣のお客さんに絡んで、それ以来、その絡まれた客が来なくなったと言う。大人しそうでいいお客さんだったのにと。ママさんも可哀そうに。そんなことでお客さんを失うのだから。
 アルコールハラスメントと言っていいのか、そういうのは、本人たちは楽しんでいるつもりでいることも多い。態度が大きくなるのも、本人は意識していなくて、ただお酒を楽しんでいるだけだというように認識していたりもする。
 まあ、その人がどうなのかは知らない。でも、お酒の席も社会の場なのだ。決して社会から解放されるなんてことはないのだ。一歩でも外に出ていれば、僕たちは常に社会の場に属しているのだ。宴席でも無礼講に振る舞ってはならないのだ。僕はそう考えている。
 それから帰路に就く。

 何となくハードな一日でもあった。
 午前の作業が予想していたよりも時間がかかった。3時間である程度終了するものと予想していたけど、その予想の半分くらいしかこなせなかった。金曜日に続きをやって、日曜日には終わらせようと計画する。もっとも、この計画もどこまで実現できるかあやふやではあるが。
 読んだのは、野間宏『真空地帯』の続き。それにシャルコーに関する論文を一点。それだけだ。

 東北、岩手の水害。たいへんなことだと思う。かつてないほどの豪雨だったとも聞いた。
 もはや過去のデータや経験では対処できない状況が来ているように僕には思える。東日本大震災にしても、九州の地震にしても、そうだった。
 被害が大きいと、人災の影響も見逃せなくなる。でも、どこまでが人災であろうか。こういう事態になると、予測できなかったとある人が言ったとしても、果たして、その人の認識にすべての責任があるだろうか。
 過去にこういう経験をしたから、今後はこうしようと考えを改めたとしても、過去の状況が繰り返されるわけではなく、新たな状況が生じるのだから、もはやそれは通用しない考えではないだろうか。認識が甘いとか足りないではなく、新たな状況に直面して、手も足も出せないという状態ではないだろうか。人間はそこまで万能ではないものだ。
 僕たちは、将来、どういうことに直面するか分からない。過去に上手く行ったやり方が今後とも通用するとは限らない。この不安定な状況の中で、日々を懸命に生きていくのが僕たちの勤めであると思う。その時、僕は僕の実存を覚える。僕が自分の存在を意識するということは、それは僕の死を同時に意識していることでもある。メメント・モリとはこういうことを言っているのではないかと最近では思う。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)



投稿者 高槻カウンセリングセンター

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