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2016年8月10日 水曜日

8月10日:島根に向かう

8月10日(水):島根に向かう

 両親が島根県に帰省するというので、僕も便乗させてもらった。中学生の時が最後だったから、僕は30年ぶりに同行する。
 5時に起きて、5時半頃出発する。父の言うところでは、渋滞に巻き込まれる前に西宮を通過しておきたいとのことで、そのために早めに出立する。
 膝の悪い僕は後部座席にて、足を座席に上げて、膝を延ばして座る。天気もいいし、景色がよく見える。

 宝塚のトンネル前で渋滞した。トンネルを超えると渋滞が解消されるらしい。別に出口とかがあって車数が減るわけでもないし、車線が増えるわけでもないのに、トンネルを出ると車がスムーズに動き出すのだと父は言う。
 そんなバカなと僕は思ったけど、実際、トンネルを抜けるとスムーズに動き出した。恐らく、トンネル内で知らず知らずのうちに減速してしまうドライバーがいるのだろう。数人、そういう人がいれば、後々の渋滞を引き起こすのに十分だ。
 トンネル内では、視界が制限されるので、それに影響されて、スピードを落としてしまうのではないかと思う。車の運転を僕はしないのでわからないけど、視界が開けていて、ずっと先まで道が見えているような場所だとスピードを出してしまうのだと思う。

 以後、渋滞はなかった。それどころか中国道はガラ空き状態だった。なかなか快適なドライブだった。中国山地の山々がきれいで、力強かった。
 運転する父がこまめに休憩を取る。その都度、サービスエリアに入る。何も買わないけど、見ているのが楽しい。でも、だいぶん経営は厳しそうだ。都心のSAのような華やかさはないし、規模も小さい。
 どうやら以前よりも規模を縮小しているようだ。それだけこの道の利用者が減ったということなのだろう。どこにも流行り廃りがあるものだ。

 母方の伯父さんの家に向かう。中学生の頃まで毎年行っていた家だ。周辺の景色や伯父さんの家の様子を覚えていた。多少の変化はあったものの、概ね、昔と変わっていなかった。
 伯父さんはパーキンソン病に罹っているとは聞いていたけど、けっこうな進行具合だ。僕が思っていたよりも悪い状態だった。言葉は不明瞭で、会話が成り立たない場面が多いが、言っていることはかろうじて伝わる。手は動かせるけど、足がかなり不自由そうだった。
 僕たちはお墓参りのお供え物のお菓子をつまんで、談笑していた。伯父さんもよく食べていた。そこへ宅急便が届いた。伯父さんは、「これ食べんさい」とお供え物のお菓子を配達員さんにお裾分けしようとした。僕はちょっと感動した。こんなふうに分け合う文化がここでは生きていて、パーキンソン病であっても伯父さんがそれをできるということに、いい意味で驚いた。

 伯父さんの家を後にする。その近くに林家喜久扇さんの別荘があるそうなので、母が見に行こうと言い出す。喜久扇さんがいれば値打ちあるけど、留守の別荘だけ見てもと僕は思うのだが、母が見てみたいというので行く。
 案の定、普通の家だ。田舎の家だ。僕は車の中に残ったけど、母は庭の方に入っていった。母によると、縁側の座敷に高座が作られ、そこで落語ができるようになっているそうで、笑点の座布団もあったそうだ。
 ここで落語の練習や落語会を開いても、まったく苦情なんて来ないだろうな。そういう意味ではとてもいい場所に別荘を持たれたなと思う。が、交通の便は限りなく不便であるが。

 夕方、やっと旅館に着く。長い一日だった。けっこうクタクタになっていた。歩く時には松葉杖をつかなければならないし、一応、装具は外してもいいという許可が下りているけど、外を歩く時はつけるようにしている。まだ、ちょっと不安だから。車の乗り降りが頻繁だったし、その都度、歩行するので、そこで体力を消耗しているようだ。
 パソコンも持ってきた。Wi-fi が入らないのは予想外だった。ネット接続は不可となったが、原稿だけでも書いておこうと思う。が、さすがに書こうという気になれなかった。このブログだけを書いて、後はテレビでも見て、くつろいで過ごそうと思う。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)



投稿者 高槻カウンセリングセンター

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