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2016年8月 6日 土曜日

8月6日:怪我して良かった

8月6日(土):怪我して良かった

 キツイなあと感じながら、どうにか一日の仕事を終える。
 夕方、外を歩くと、浴衣姿の人を見かけた。そうか、今日は淀川の花火大会だったなと思った。よく考えると、今日は高槻祭りの日でもあったのだ。ああ、祭りなんてやるのか。
 案の定、帰る時には人がいっぱいだ。喫茶店の席が空いていれば、そこで人混みを回避しようと計画する。うまい具合に席が空いている。ここを陣取って、電車を遅らせば、混雑は避けられるだろう。そして、このブログは喫茶店で書いている。

 今日は夢も見た。最近、夢の記録を怠っているな。今日の夢は、こんなブログでくどくど書く以上に今の僕を表現してくれている。
(夢)「バス停にたどり着けない夢」
「僕はどこかへ行こうとしていた。最初は電車に乗る。電車を降りて、そこからはバスに乗るということを知っている。駅を出て、バス停に向かう。川があって、対岸にバス停があるのが見える。僕は道路を少し歩いて、橋を渡ろうとするのだけど、その橋が水没しているのだ。困ったことになった。もう少し向こうにも橋があるので、取りあえずそこまで行って、そこから対岸に渡ろうと決める。そうして川沿いを歩くことになったのだけど、行けども行けども橋が出てこない。川の向こうに渡らないとバスに乗れないのだけど、どこにも橋がなく、僕は延々と歩き続けた」
 動き出したいのに動けず、足止めを食っているよう。仕事でも、生活でも、それを感じている。怪我をする以前からいろんなプランを立てていたし、一部は途中まで取りかかっていたけど、すべて頓挫したままだ。いい加減、人生を前進させたい。

 昨日は膝の痛みがひどかったけど、今日はいくらかましだ。もっと痛みがひどかった頃は安静しているのは苦ではなかった。今はある程度動けるようになったから、余計に苦しい。立っていてもじきに痛みが出てくるし、座っていてもじきにしんどくなる。横になってもじきに苦痛になってくる。一つの姿勢を長時間保てないのだ。
 そういえば、今朝、出勤時、まったく見ず知らずのおじさんに声をかけられた。「暑いのにそんな装具をつけて」とおじさんは言う。実はおじさんもこれを経験したそうだ。事故で右ひざをやってしまったと言ってたな。今は普通に歩いておられる。僕はそれが羨ましかった。
 しかし、そうして声をかけてもらえるのも嬉しいことではある。励まされる感じがする。おじさんには「ありがとうございます」と頭を下げた。
 見ず知らずの人に頭を下げることが多くなった。何かと気を使ってくれるのだ。今日はそのおじさん一人だけれど、多い時には一日に5人や6人に頭を下げる。
 電車に乗ると席を譲ってくれる。エレベーターでは先を譲ってくれる。店に入ると店員さんが扉を開けてくれる。セルフの店でも店員さんが気づいて食器を下げてくれる。コンビニの前でタバコを吸っていると、見知らぬおじさんが声をかけてくれたこともある。タクシーに乗ると運転手さんが乗降に手を貸してくれる。近所の100円ショップの狭い通路でも「先にどうぞ」と僕が通過するまで待ってくれた人もあった。ホント、とてもたくさんの人に良くしてもらっているという気がする。
 もちろん、両親にも負担をかけているし、クライアントさんたちにも助けられている。
 僕はもっと嫌われる人間だと思っていたけど、案外そうでもないなと自惚れはじめている。自惚れるのは良くないかもしれないけど、もっと人や世界を信用してもよいのではないかとも思う。
 怪我は不便で苦しいけど、怪我をして良かったと、本当にそう思う。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー))



投稿者 高槻カウンセリングセンター

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