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2016年7月12日 火曜日

7月12日:7月に入って(1)

7月12日(火):7月に入って(1)

 パソコンの不具合や体調のこともあって、しばらく更新が途絶えていた。この2週間くらいのことを記録しておこう。
 6月25日に退院して、その後も数日は病院関係のことで追われていた。
 6月30日に、リハビリも兼ねて歩きに出た。長岡天神にお参りに行く。これからももっと勉強できることを祈願する。この日はかなり歩いた。とても体力を消耗するのだけど、自分の足で歩くことを学ばないといけないと思い、けっこう長い時間歩く。ちょっと無理してしまったかもしれない。
 7月1日。この日から職場に顔を出す。ラッシュ時を避けるため、早い時間に家を出る。室内は最後に出た6月12日のままだった。不自由な足をひきずりながら、片付けなんかをしてまわる。管理人さんが様子を見に来てくれた。けっこう心配してくれたのだ。厚くお礼を申し上げる。仕事を再開できるようにして、午後には職場を後にする。また、上手い具合に新規のクライアントから電話があった。一週間後に予約を取る。
 7月2日。復帰の日を7日と決めていた。この日、継続中のクライアント全員に連絡を取る。一日仕事になるかと覚悟していたけれど、半日で全員とつながる。土曜日ということがよかったのだろう。みなさん、僕のことを心配していた。中には僕からの電話を嬉しそうに出た人もあった。ありがたいことだ。いい人たちに恵まれている。
 7月3日。やはり高槻に出て、職場で勉強して過ごす。早めに帰宅して、翌日の準備などをする。
 7月4日。この日は病院。いよいよ抜糸だ。抜糸するまでは不安だったし、本来ならこの日まで入院していた方がよかったのだと思う。抜糸は痛いかなと思っていたけど、消毒液のヒリヒリ感で何も感じなかった。患部のレントゲン写真も撮影されたけど、それを見て経過は順調だと言われた。一安心だ。その後、高槻に出る。毎日職場には出ようと決めていた。仕事ができるようにしておかなければならない。仕事のリハビリだ。
 7月5日。夕方まで高槻で事務仕事や勉強をして過ごす。その後は遊びに行く。この日は遊ぶと決めていた。前日が抜糸で、翌日からリハビリに入る。自由があるのはこの日だけだと思い、思う存分、遊ぶ。遊ぶと言っても、お酒を飲みに行くだけなんだけど。松葉杖をついているとみんな驚く。でも、みなさん、何かと気を遣い、心配してくれる。これもまたありがたいことだ。
 7月6日。午前中はリハビリ。脚力が落ちているから、足に力を入れる訓練をする。かなり力が弱り、筋肉が落ちているらしい。自分ではわからないけど、理学療法士の先生が見るとわかるらしい。午後、職場に出る。膝が曲げられない状態で、どうやって席に座り、面接をしようか、あれこれ試行錯誤する。90度法にしてみたり、いろいろ試す。最終的にこれで何とかできるだろうというフォームを作って、翌日の復帰に備える。
 7月7日。クライアントが来る。面接をする。足の置き場を作っておいたけど、もう本一冊分高い方がラクだと気づく。
 7月8日。新規のクライアントが来られる。キャンセルされるのではないかと不安だったけど、来てくれた。新しい人と出会うことは、それはそれでいい経験だ。
 7月9日。面接は行う。しかし、一回のカウンセリングを実施すると、クタクタになる。ブランクを意識し始める。声も出しづらいし、集中が続かない。
 7月10日。この日も予約が入っている。けっこうギリギリに入室した。というのも、どういうわけか、この日はとても疲れていた。疲労が出てきたのだろう。すごくしんどかった。
 7月11日。午前中はリハビリと診察。病院に行く。リハビリが楽しいと思い始める。少なくともリハビリ室では気持ちが高揚する。他の人たちを見るからだ。午後から高槻に行く。病院が何時に終わるか確信がなかったので、この日は予約を入れないようにしておいた。パソコン作業をずっとしていたが、どうも具合が悪い。夜、イライラしていたので、飲みに行く。顔見知りの呑兵衛に僕は逆上した。カッとなってしまったのだ。それでも一方では自分を抑えようとしていた。ケンカにこそならなかったものの、久しぶりにキレた。このいきさつは項を変えて記述しよう。

 以上、6月30日から7月11日までの簡単な記録。このうち、特に丁寧に記録しておきたいいくつかのエピソードを次に述べようと思う。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)



投稿者 高槻カウンセリングセンター

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