<Q020>こんなことで相談していいか

<Q020>「こんなことで相談して(話して)いいでしょうか?」

<状況と背景>
 あたかも「取るに足りない問題なのですが」と萎縮した感じでおっしゃられる方が多いように感じています。若干、へりくだった言い方です。主に初めて問い合わせをされる方や初めての面接での最初の発言でこういう表現を聴くことがあります。
 それ以外に、すでに面接を何回も重ねているクライアントからも聞くことがあります。その場合、どんなことでも言ってみようという気持ちになられているのだと思います。それで今までは無視してきたような事柄、当人にとっては非常に小さな事柄でも話されたりするわけですが、そこから思わぬ発見があったということも、私はよく経験することです。

<A>
 どうして小さい問題であるとか、些細なことですけどというような表現をその人たちはしなければならなくなってしまっているのでしょう。現実には、少なくとも当人にとっては、些細なことではないはずだと思うのですが、このような形で表現しなければならないというところにその人の抱える「問題」の一部が潜んでいるように思います。
 その問いに対しての私の個人的な返答は、「でも、あなたはそれについて相談したいのでしょう?」というものです。余計な前置き抜きで、いきなり本題に入っていただいてもかまわないのです。
 この人たちは「こんなことで」という表現で、自分が話そうとしている出来事を卑下しているように思われるわけですが、それが「大したことでない」かどうかは、その出来事に関する話そのもので決まるのではなく、その出来事に関する話が行き着く所、展開していく所にによって決まるものだと思います。
 個人の人生上で生じる出来事はどんなものであれ、些細なものとみなさない方が賢明だというように私は考えています。もちろん、深刻になりすぎるのも良くないことでありますが。もっとも望ましくないものは、それが些細なもの、取るに足らないようなことだと過小評価して、大事なものを見過ごしてしまったり、肝心のチャンスを失したりしてしまうことだと思います。
 いずれにしろ、カウンセラーに話してみようと思うということは、それが決して当人にとって些細な事柄ではないということをすでに示していると私は信じています。こんなことで専門家の力を借りるのが憚られるなどと考えていても、その「こんなこと」がその人の心を占めていることに違いはないと思います。

<補足と説明>
 この表現にはいろんな感情や視点が含まれていると思います。今、思いつく限りで、それを述べようと思います。

 まず、「こんなことで」というのは、誰の考え方なのでしょうか。本人が本当にそう考えているのでしょうか、それとも、他の誰かがその人に対してそのように言っているのでしょうか。どちらの可能性もあると思いますが、私はそれはその人の本心ではないと信じています。

 また、こういう前置きをしてからでないと本題に入れないという人もあるかもしれません。「些細なこと」と前置きすることで、相手を安心させたいという気持ちがあるのかもしれません。それによって自分に対しての風当たりを和らげたいという思いがあるのかもしれません。でも、それは余計な気苦労だと私は思います。

 本人が自分の問題の本質的な部分が見えていないということもあるでしょう。表面的な部分だけを見ているので、それが些細なことのように見えているのかもしれません。
 大学生の五月病は、決して単純な問題ではなく、その奥に深刻な事態が潜んでいるということもよくあることなのです。
 表面的な部分、つまり五月病、という部分だけを本人も周囲の人も見てしまっていることがけっこうあるものです。表面的な部分だけを見て「大したことない」と評価されてしまっていることがけっこうあるように私は感じています。

 そして、このことがもっとも頻繁に見られる例だと思いますが、それを些細なことのように述べることで、その出来事をより小さいものにしたいという欲求が本人にはあるという例です。言い換えると、それは私にとって些細なことであり、私はそれよりも強いということを、どこかで確信したいという気持ちの表明であったりするわけです。
<状況と背景>で述べましたが、些細な出来事の話から思わぬ発見が得られたりすることがあるというのは、その気持ちと関係していると思います。

 また、カウンセリングを始める際に、私は心に浮かんだことはどんなことでも話してみることをお勧めしています。この方針に従おうとする気持ちと抵抗したい気持ちとの葛藤の表れとしても、この問いは考えることができるのです。

 ある体験を「こんなこと」と過小評価するということは、その人の自分自身に対する態度を表していることもあるでしょう。自分に関することを「こんなことで」と過小評価しているということは、それは自分自身を過小評価しているということにならないでしょうか。
 そうすると、「こんなことで」という表現そのものが、その人の「問題」を明確に表明しているということになるわけです。

 以上、思いつくまま述べてきたのでしたが、そのようなわけですので、それは決して「こんなことで」と言い切るような出来事や体験ではないはずだと、私は考えているのです。おそらく、そこには大切な事柄も含まれていると思われるので「こんなことで」と言って疎かにしてほしくないと私は申し上げたく思います。

(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)