<Q013>子供を連れて行ってもいいか?

<Q013>「子供を連れて行ってもいいですか?」

<状況と背景>
 おそらく、若いお母さんなのでしょう。自分のカウンセリングに、乳児を連れて行ってもいいですかという問いであります。子供のことでカウンセリングを申し込まれるのではなく、自身のことでカウンセリングを求めておられるという方です。

<A>
 小さい子供を連れてのカウンセリングは私は引き受けません。お断りしています。もし、カウンセリングを受けるのであれば、その時間、子供を誰かに見てもらうか、預かってもらうかしてください。そうでなければ、私のカウンセリングは諦めてください。
 私のところは一室だけのカウンセリングルームなので、子供を遊ばせておくような場所もなく、また、私一人で仕事をしているので、子供を見てくれるスタッフがいるわけでもありません。
仮にそういう場所やスタッフが揃っていても、やはり私は子供を連れてくることに反対するでしょう。

<解説>
 この質問は過去に何度も受けました。かつては、できるだけ子供は連れてこないようにとお願いしていたのですが、今はきっぱりとお断りしています。中には、いきなり子供を連れてくるケースもあり、その場合は即座にお帰りいただこうかと考えています。
 私が厳しいことを言うように感じるお母さんもいるようですし、冷たいカウンセラーだと思われるお母さんもおられたように思います。そう思われても仕方がないと私も諦めています。そこには誤解があるのですが、この場を借りて、せめてその誤解は解いておきたいと思います。
 まず、私が子供を連れてくることを断るのには、3つの理由があります。その理由から述べていきましょう。

 一つ目の理由は、これは私に関することなのですが、子供が室内のものを汚したり壊したりすることがあるので、それが困るのです。
 もちろん、すべての子供がそういうことをするわけではないにしても、そういうことが起きたときに、私としては困るのです。壊したものを母親に弁償してもらうわけにもいかないのです。子供を連れてきてもいいと承諾した私にも責任があるからです。
 でも、買い替えのきくものであればまだましであります。中には買い替えのきかないものもあるわけで、とても困るのです。面接に使う椅子を汚されたこともありまして、これは今でも跡が残っているのです。この椅子は4脚で1セットなので、一つだけ新調するというのが難しいのです。それで、現在も、折を見ては、染みを何とか落とせないものかと奮闘している有様なのです。
 そういうわけで、室内には壊されたり汚されたりすると困るものがあるので、子供さんはご遠慮願いたいわけです。

 二つ目の理由は母親に関することです。
 カウンセリングの場に幼い子供がいるということは、母親はカウンセリングを受けながら、同時に子供の面倒も見なければならないということであります。これは母親には相当な負担がかかるのです。問い合わせをする母親にはきっと想像できないと私は思うのですが、けっこうたいへんな作業になってしまうのです。
 自分自身を振り返りながら、同時に子供も見なくてはならないのです。これは当然、集中できない状況なのです。自分と子供と、意識を瞬時に行き来させながら1時間の作業をするわけであり、母親にとっては重労働なのです。
 それだけの重労働をした割に、カウンセリングで十分に得るところがなく、それで通常の料金を支払うことになるわけですから、母親にとっても損失であると私は考えています。

 三つ目の理由は子供に関することです。
 これまで経験した中で、子供にこれが生じなかった例を私は見たことがないのです。それは、母親の感情をこの子が敏感に先取りしてしまうという状況であります。
 母親は自身に関する事柄を話しています。怒りや悲しみ、不安といった否定的な感情が母親の中で掻き立てられるのです。通常ならその感情を吐露してもらって構わないのですが、母親がそれらの感情を表現するよりも先に、子供が反応してしまうのです。
 子供が反応すると、母親は子供に意識を向けることになり、カウンセリングはそこで中断してしまうのです。母親の感情の流れもそこで中断してしまうことになるのです。
 たいていの場合、子供はそこで「大泣き」したり「大荒れ」したりするのですが、これは通常の「泣き」や「荒れ」とは違って、いくら母親があやしてもなかなか収拾がつかないのです。なぜなら、この子は痛いとか不快とかで泣いているのではないからです。
 母親の否定的な感情は、この子にとっては、自分が安心できる世界が失われたような体験をもたらすのです。平和だった世界に急遽、危険な何か、得体の知れない何かがもたらされたような体験をこの子はしてしまうのです。この子にとっては、世界が暗転し、没落するかのような体験になってしまうのです。それは想像を絶する苦しみなのです。
 もし、一回のカウンセリングの間にこういうことが2度、3度と起きた場合、まったくカウンセリングが成立しなくなるのです。母親が子供をあやすだけで時間が終わるのです。それでも面接料金を支払ってもらうことになるのですから、やはり母親には損失になるわけです。
 しかし、よく考えてみると、この子に何の罪があるでしょう。母親がここに連れてきた。そこで恐ろしい体験をこの子が繰り返してしまう。私たちはこの子に不要な苦しみを与えてしまっているのではないでしょうか。本当なら経験しなくてもいい脅威をこの子に与えてしまっているのではないでしょうか。
 私としては、何よりもこの幼い子の安全を願わずにはいられないのです。実際のところ、母親がどう思っているのか私にはわかりませんが、こういう場面に遭遇するたびに、私は傷ついてしまうのです。
 この子に本当なら経験しなくてもよかった不要な苦しみを経験させてしまったのは、この子を連れてきた母親と、それを引き受けた私の責任なのです。  私はもうこの責任を負いきれないと感じているのです。何年も経たにもかかわらず、その場面を思い出すと、今でも良心の呵責に苦しむことが私にはあるのです。母親が気にしなくても、私にはいつまでも残り続ける体験になるのです。こんな経験はもう繰り返したくないと私は思うのです。
 確かに、母親には援助が必要であり、実際に援助を求めてきているわけです。できれば援助の手を差し伸べたいという気持ちも私にはあります。しかし、本来無関係であるはずの幼児を苦しませるくらいなら、最初から引き受けない方がいいと、今ではそう考えているわけなのです。

<補記>
 幾度となく、若い母親から文句を言われました。子供を連れてこないでほしいと言われて、憤慨された方もおられました。いくつか実例を挙げましょう。

 ある母親は言います。「歯医者でも、整体でも、どこに行っても子供を連れてくるななんて言われたことがないのに、カウンセリングだけ特別か!」と。でも、そうなのです、カウンセリング「だけ」が特別なのです。それは上記のような状況が他では生じないからであります。

 別の母親は、面接室の片隅にシートを敷いて、そこで子供を遊ばせるという作戦に出ました。なかなかよく考えたとは思うのですが、それでもやはり子供が母親の影響を受けるのです。母親からは見えていなかったかもしれませんが、私には見えていました。いつ子供が母親の感情を先取りしてしまうかと、それはもう冷や汗ものでした。

 また、ある母親は子供を見てもらう人が誰もいないということを訴え続け、それで仕方なしに子供を連れてくることを私が許可したことがありました。
 でも、ある時、この母親は、休日に夫と二人で遊びに行ったという話をされました。私は疑問に思って、子供はどうされたのですかと尋ねたのです。すると、彼女は「子供は母親に預けた」と無邪気に答えられたのでした。
 子供を見てもらう人がいないなんて、あれは嘘だったことがわかり、私は深く傷つき、この母親に失望してしまいました。それで、以後、この母親とのカウンセリングを打ち切ったのです。子供を見てくれる人がいないという状況であると信じたからこそ、子供の反応に私が傷ついても耐えてきたのでした。私も、この子も、無駄な苦しみを経験したものだと思います。

 やはり孤立している母親で、子供を見てくれるような人がいないと訴えた方がおられました。
 私はどこか託児所を利用すればいいと申し上げたのでしたが、この母親はお怒りになられて、「託児所に預けるのもお金がいるんだ。あなたが払ってくれるのか」とまくしたててきました。私は提案しただけなので、託児所を利用するかどうかは母親が決めたらいいとお伝えしました。
 すると、彼女は1歳半の子供を連れて来談されました。カウンセリングが開始されるとすぐに、この子は大泣きし始め、母親はこの子の面倒を見なければならなくなりました。その後も、この子は大泣きしては泣き止み、泣き止んだかと思うと再び大泣きするということの繰り返しでした。結局、面接時間のほとんどがこの子の号泣で占められることになったのでした。それでも私は一回分の面接料金をいただきます。この母親は託児所の費用をケチったばっかりにカウンセリング料金を無駄に費やしたことになるのです。でも、この子の受けた被害はお金では換算できないものなのです。

 いくつか私の経験した例を挙げました。
 子供が苦しむ場面を見るのが辛いと感じることが私にはあるのです。でも、私個人が耐えれば済むということであれば、耐えましょう。ただ、子供は私以上に苦しみ、耐え難いことを経験してしまっているとは思うのです。
 この母親たちは、別に悪いことをしたわけではありません。カウンセリングに関する知識がないだけであり、そのためにいささか軽率に考えてしまわれるだけなのだと私は思うのです。
 もし、あなたが母親で、幼い子供を大切に育てたいと思われるのでしたら、子供のいない場所で、あなたは感情表出をし、感情の再体験をした方が望ましいと私は考えています。特に、それが怒りとか悲しみとか、不安や恐れといった否定的な感情である場合は尚更そうなのです。幼い子供が近くにいる場合、間違いなくその感情は子供に伝染し、子供は、自分の感情ではなく、母親の感情を体験してしまうのです。
 実際、子供時代のこういう経験で後年まで苦しむ人がどれだけいらっしゃることか。そういう人たちの力になりたいと願いながら、そういう人たちを生み出すことに加担してしまっているように思えて、そういう私が私は憎くてたまらなくなるのです。

(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)