<Q011>準備するものありますか?

<Q011>「何か準備するものがありますか?」

<状況と背景>
 主に初回の予約をお取りになられた方から発せられる質問です。予約をお取りになられて、面接までの間に何か準備するものがあるかと問われるわけです。
 正直に申し上げると、私はこの人たちの言う「準備」というのがよく分かりません。私がよく分かっていないので、私の回答はいささか的外れなものになってしまうかもしれません。

<A>
 カウンセリングを受けるのに特別準備していただく必要はありません。
 強いて言えば、料金をお忘れなくということくらいでしょうか。
 あと、スケジュールに余裕を持たせておいてください。さっきまで仕事をしていて、カウンセリングのために仕事を中断して駆けつけて、カウンセリングが終わったらすぐに仕事に駆け戻らなければならないとか、あんまりそういう慌ただしい状態だと落ち着いて話し合いもできないものです。気持ちがお互いに焦ってしまうようです。
 できれば、事前に当センターの場所も地図等で確認しておいてください。けっこう、予約日当日になって、場所が分からない(これはこれで重要な情報ではあるのですが)とおっしゃられる方もおられるので。
 自転車やバイクで来られる方は駐輪場を確保してください。車で来られる方はコインパーキングを利用してください。この建物には駐車場がないので、駐車場、駐輪場は予め調べておいてください。自転車、バイクだとお向かいのコーヨースーパーの駐輪場を利用するといいでしょう。お車の場合だと、東側にいくつかコインパーキングがあるので、そちらを利用されるのが便利だと思います。
 あとは、気負わず、リラックスしていただくといいでしょう。準備に真面目に取り組んでも、カウンセリングに関しては、ほとんど意味がないので、それだったら気持ちを落ち着けて、予約日時を迎える方がよろしいかと思います。
 準備していただくことといえば、そんなところでしょうか。あと、私のサイトも閲覧していただければよろしいかと思います。

<補足と説明>
 恐らく、質問者のおっしゃられる「準備」とは上述のようなものを指してはいないでしょう。もっとカウンセリングに関する準備ということを言っているのだと思います。
 はっきり言えば、準備などしていただく必要はありません。行き当たりバッタリでカウンセラーに会うくらいでちょうどいいと、私は個人的には考えています。事前の準備など、カウンセリングの観点から言えば、邪魔であるだけでなく、弊害でさえあると言わざるを得ません。
 はっきり言って、どんな準備ができるというのでしょう。心の準備くらいは許せるとしても、何を話すかとか、どう話すかというような準備はまったくの不要です。
 今、仮に、これからカウンセリングを受けようという二人の人がいるとします。Aさん、Bさんとしておきましょう。
 Aさんは明日のカウンセリングで何を話すかを準備します。そして、準備の甲斐あって、カウンセリング場面で淀みなく流暢に話したとします。カウンセラーはそれをそのまま承ります。
 一方、Bさんは明日のカウンセリングに対して何の準備もしませんでした。そして、カウンセリング場面では、Bさんにとって初めての場面だったので、Bさんは緊張して汗をかきまくり、恥ずかしさで顔を真っ赤にして、しどろもどろに話します。カウンセラーはそれをそのまま承ります。
 上述の二人に関して言えば、上手くいったカウンセリングとはBさんの方です。Aさんは事前に準備をして、当日、動揺しないように、心を動かされないように自分を偽っているのです。Bさんは困惑している自分をそのままカウンセラーに見せています。Bさんの方がより自然なBさんのままでいるわけであります。Bさんの方がむしろ自由であり、Aさんはむしろ自分に制限を加えているのです。
 困惑して、緊張して、上手くできない自分をそのまま相手に見せ、尚且つ、そのままのBさんが普通に相手に受け入れられているのです。Bさんは貴重な体験をしたと私は思います。
 質問者の言う「準備」がどういうことを指しているのか分からないので何ともいえないのですが、その場を上手くやり過ごすための準備なら、それは弊害しかもたらさないのです。Aさんは確かにカウンセリング場面ではうまくやり過ごすことができました。準備の賜物です。でも、ありのままのAさんが受け入れられるという体験をし損ねているのです。そして、この準備のために、カウンセリングはまったく心を動かされることのない体験の場に堕してしまっているのです。
 カウンセリングに対するいかなる準備も、クライアントの自然な心の動きを抑制する方向に作用するものだと私は考えています。

 従って、準備などなさらない方がいいのです。とは言っても、準備をするかどうかっていうのは、クライアントの私生活の領域に属する話なので私が決定できることではありません。
 それに、準備をするなと言っても、クライアントはどうしても準備をしたくなると私は思うのです。知らず知らずのうちにカウンセリングで何を話そうかということなどを考えてしまっていることもあるでしょう。カウンセリングのことが気になっていればいるほど、無意識的に考えてしまうことでしょう。それはどうにも阻止しようがないことかもしれません。
 でも、仮にそうした準備をしたとしても、カウンセリング当日にはそれをすっかり忘れているくらいがいいのではないかと思います。というのは、この準備は、カウンセリングに対する不安というよりも、カウンセリングを控えている今現在の不安に基づいているからであり、準備することで今現在の不安が緩和するのであれば、この準備は十分目的を果たしたということになるのです。それをカウンセリングにまで持ち込むことは、本来の目的以外の領域にこの準備を使用するということになるわけです。

 最後に印象深い事例を。
 ある女性クライアントでした。彼女は毎回のように「カウンセリングであれこれ話すことを考えていたのに、ここに来たら忘れてしまう」と話していました。私は「それはいいことだ。それでいいんです」と彼女に伝えます。というのは、彼女は「今、ここ」(カウンセリングの場)で自分に生じていることに正直であり、尚且つ、忠実であるからです。
 それに、彼女が普段の生活の中において、今度のカウンセリングで話すことをあれこれ考えていたのは、その生活場面において彼女に必要だったことであり、それはカウンセリング場面での必要性ではなかったのです。だから、彼女はカウンセリングの場面ではそれをきれいさっぱり忘れてしまうのです。そこではそれが必要ではなくなっているからです。だから、それでいいのです。

(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)