<Q006>「ラクになりますか?」

<Q006> ラクになりますか?

<状況と背景>
 しばしば発せられる問いです。ある人は、とても苦しい状況を生きていて、何かに縋りたかったのだろうと思うのですが、「カウンセリングを受けると、ラクになりますか」と質問してきました。正確に言うと、「今の状況から抜け出ることができますか」という意味合いであるように思います。

<A>
 今のその人が置かれている状況から抜け出ることができるかどうかは、大部分はその人次第なのだと思うのですが、でも、私の考えでは、どの人でもやっていけばその状況から抜け出ることができるし、その状況を変えていくこともできると考えています。自分自身を、そのために変えていくということも可能なことだと考えています。
 しかし、「ラクになるか」と問われれば、私は「決してラクにはなりません。その逆です」と答えるだろうと思います。「カウンセリングを受けるとラクになる」という迷信がどこから生まれたのか私は知りませんが、それは誤解です。

<補足と説明>
 あるクライアントが私との面接中にて、過去に受けたカウンセラーのことを話題に上げました。その人はそのカウンセラーと一緒にやってこられたのでしたが、ある時、そのカウンセラーのもとを去ったのです。
「なぜ、去ったのですか、そのカウンセラーさんとの間に何が起きたのでしょう」と私は興味を覚えて尋ねます。その人はしばらく考えて、思い出したように「最後の面接の時に、そのカウンセラーから『早くラクになりなさい』ということを言われて、それがひっかかった」と答えました。私は、それを聴いて、「『早くラクになりなさい』って。まるで『早く死になさい』って言ってるようなものですよね」と答えると、その人は、まるで長年の謎が解けたかのように顔を輝かして、「そうなんですよ、そんな感じに聞こえたのですよ」と答えました。
 不思議な話だと思います。その人も苦しんでいて、何とかラクになりたいと願っていたのでしたが、他者から「ラクになりなさい」と言われると素直には受け入れられないのです。この「ラク」の意味合いが異なってくるからだと思います。

 私はまた一人の女性クライアントを思い出します。彼女は長い年月、抑うつ的で、無為な生活を送ってきました。周囲への適応は良好なのですが、それは自動機械のように振る舞っているだけで、まったく自分が生きているという感じがしていないのでした。一年半くらいのカウンセリング期間を経て、彼女に変化が見られてきます。
 最初はイライラし始めたのでした。小さな出来事さえ彼女の癇に触るのです。時には抑えきれず、爆発してしまうというようなこともありました。彼女には自分がどうしてそういうことをしてしまうのか理解できていませんでしたが、それは今まで活用されていなかったエネルギーが動き始めたことを意味しているのです。
 そういう時期を経て、彼女はいろんなことを思い出していきます。ある時、彼女は言います、「わたしは何をしているんだろうって。もっとしたいことがたくさんあって、あれもしたい、これもしたいと思っていたのに。本当だったら結婚だってしていたはずなのに。何一つとしてやっていないじゃない」と。その時以来、彼女はこれまで心の中の計画で止まったまま実現しかなかった事柄を現実に始めていくようになったのです。私は望ましいことだと思いました。
 この女性の例を「ラク」という観点で述べれば、抑うつ的で自動機械のように生きていた頃よりも、今の彼女の方がはるかに労多く、体力的にもきつい生き方をしています。決して、字面通りの「ラク」になったとは言えません。彼女は今まで以上に忙しく働き、目指していることに努力を要し、責任もかかってくる生き方を送るようになっており、決して「ラク」に生きようとはしていないことが、実際に見ていると、よく伝わってくるのです。
「ラク」に生きるとは、私の見解では、「自己無関与的」に生きるということと同義だと思います。周囲の世界や自分自身に対して、まったく関与しない生き方のことだと思います。常に周囲に無関心で、傍観者的に眺め、人生や生活上のあらゆる出来事に関わらず、その側をすり抜けていくだけという生き方のように思われます。これはカウンセリングで達成する生き方ではなく、その反対のものなのです。
 従って、上記のような意味において、カウンセリングは決してクライアントを「ラク」にしないと言えるのです。

<付記>
 人が自分自身を意識し、存在に目覚め(実存し始め)ると、「ラク」に生きたいとは願わないようになるのです。自分に要請されることに意識的になるからであります。そういう意味で決して「ラク」にはならないのです。
 そもそも「ラク」になるということ、あるいは「ラク」になることを求める気持ちというのは、私の個人的な見解では、幼児や児童の心性に属するものなのです。私たちがいつかそこから抜け出ていかなければならない領域に属する感情だと思うのです。
 従って、「カウンセリングを受けるとラクになりますか」と問われれば、私は「決してあなたをそちらに向かわせません」とお答えしたい気持ちなのであります。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)