<Q005>「お試しはできませんか?」

<Q005>「お試しはできませんか?」

<状況と背景>
 主に初めてカウンセリングを受けようという人が発する質問のようであります。過去に何人か同種の質問を受けた経験があります。
 私は、まず、「お試しってなんですか?」と尋ねることにしています。と言うのは、その人の言う「お試し」なるものの意味が私には分からないからなのです。
 この「お試し」というのは、簡潔に述べると、「無料面接体験」といった類のものであるようです。しかし、「体験面接」とか言わずに、「お試し」と表現する辺りに、質問者の抱える問題もあるように私には感じられます。

<A>
 まず、私はこの人の言うような「お試し」には応じていませんということを明記しておきます。
 その理由は簡単です。その人は「お試し」でカウンセラーに会うことが許されても、私は「お試し」でクライアントと会うわけにはいかないからなのです。ただそれだけの理由なのです。

<補足と説明>
 私はこの質問者がとても不安の強い方だと思っています。不安や抵抗感が強くて、決断することが困難になっているのだと思います。いわゆる、優柔不断に陥っているわけです。「お試し」で受けたいというのは、不安と決断との葛藤における一つの妥協点だったのだと思います。
 さて、「お試し」で受けた後、その人はどうするのでしょうか。それを知るために「お試し」に応じてみてもよかったのですが、恐らく、根本的な部分に目を向けていないので、何も変わらず、何も得るところなく終わっただろうと私は推測しています。
 「お試し」と言うのは、考えてみると、すごく便利な言葉のように感じられます。「試し」に何かをやって、それが上手くいかなかったり、自分の思っているものと違っていたりした場合には、「お試しだから」と言い抜けることができるのです。つまり、それを「なかったこと」にできるのです。だから、「お試しで受けたい」とある人が言う時、その人は後の逃げ道を事前に用意しておこうとしているようなものだと思います。
 いささか厳しいことを言っているように聞こえたとしたら、それは私の表現不足のせいであります。私の考えているところでは、物事には「お試し」が通用する類のものと通用しないものとがありまして、「お試し」が通用しない分野において、「お試し」を要求しているところにこの方の間違いがあるのです。
 一時的に使用するものや、身に付けるものなどに関しては「お試し」は有効でしょう。服を試着してみたり、道具を試しに使わせてもらったりするというのは、意味があることです。言い換えれば、「モノ」に関しては「お試し」も有効だろうということです。
 ところが、体験とか感情、プロセスが進行していくような事柄に関しては「お試し」はまず意味がないと私は考えています。そこでは始めるか止めるか、するかしないかのどちらかしかないと思います。
 カウンセリングも一つのプロセスなのです。もし、「お試しで受けてみて、嫌になったら止めようと」と思われるのでしたら、最初からされない方がいいと私は考えています。
 この態度はそのまま質問者の自分自身への態度を示しているように私には思われるのです。自分自身に対しても、自分が嫌になったら自分を放棄してしまう人なのかもしれません。でも、ここでは「なかったことにしよう」が通じない世界があるのです。
 これは余談ですが、一度だけそのような質問に対して、「お試しで会ってもいいけれど、こちらもお試しのつもりでお会いしますので、手抜きさせてもらいますよ」と答えたことがあります。我ながら意地悪だと思うのですが、その時の相手の返答は、「そんなの困ります」というもので、相手は即座に電話を切ったのでした。そんな程度だと思います。自分はお試しを相手に求めているのに、相手には真剣を求めているのです。この態度が問題になるわけであり、その人の人生がうまくいっていないということとも関係しているように私は思うのです。

 しかし、まあ、何と言いますか、通常「お試し」なるものは、サービスを提供する側が設定するものなのに、サービスを受ける側がそれを求めるなんて、おかしな話だと個人的には思うのです。この人たちは人間関係というものをどのように考えておられるのだろう、私は疑問に思います。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)