<Q001>「どのようなところですか」

<Q001>「そちらはどのような所ですか?」

<状況と背景>
 初めて当センターに電話をよこされた方から発せられる質問で、初期の頃にはよく耳にしたものです。
 最近では、私がこのサイトでゴチャゴチャと書き綴るので、それを読んで大体のイメージを持ってくれる方も増えてきたのか、あまりこの種の問い合わせは受けなくなっています。
 この質問に関して一言。私はこの種の質問を「相手主体的多義質問」と密かに名付けています。つまり、質問の内容が非常に漠然としすぎていて、その内容を回答者である私に選択させるという意味合いの濃い質問であるのです。
 まず、「どういう所」というのが具体性を欠いていて、質問者が当センターの何を知りたいのかが非常にぼやけています。これに比べれば、「そちらは病院ですか」といった質問の方が具体性が備わっているわけであります。
 質問内容に具体性を欠き、その具体性を回答者である私に託しているという意味合いがあるので、「相手主体的」であるということです。

<A>
 一応、ここでは当センターの簡単な紹介だけしておいて、この内容不鮮明な質問に応じたことにしておきます。
 高槻カウンセリングセンターは、私(寺戸順司)が個人で運営しているカウンセリングルームです。相談機関であり、医療機関ではありません。相談機関でありますので、医療行為は行っておりません。また、医療保険等も適用外であります。
 相談を受けられる方は事前に電話にて予約をお取りいただき、予約した日時にお越しいただいた上で、一時間の面接を受けていただくことになります。
料金は一回が6000円となっております。それ以上はいただいておりません。時間、料金は内容や人数に関わりなく一律であります。また、物品等の販売もしておりません。
 対面式での面接をしております。一対一の面接であります。私以外の人が同席するようなことはありません。また、面接室で話されたことはその場だけのことにしております。クライアント(相談を受けられる方)の秘密は原則として守られます。

<補足と説明>
 過去にはこのような質問をされる方がたくさんいらっしゃいました。
 この種の質問は、その人の抱えている不安や心配事のために生じていることも多いようです。不安や恐れが強いほど、その人は事前に調べなければいられなくなるからです。
 どの人もカウンセリングに対する不安や心配を抱えてお越しになられるのです。その中には当然の不安や心配もあります。
 そもそも、クライアントは誰でも多かれ少なかれ、自分でもよく分からないことを抱えていて、しかもそのことで自分を恥じていたり、それに対して罪悪感を抱いていたりしているものです。それを何とかしたいと思うわけです。でも、初めて訪れる場所で、しかも初対面に人に向かってそういうことを話すことが求められているわけですから、不安を掻き立てられるのも当然のことなのです。
 そうした自然な不安も含めて、さまざまな不安や恐れを抱えてクライアントはカウンセリングに訪れるのです。そして、多くの方がそのような不安は必要なかったということを体験されるのも事実です。また、徐々にその不安が小さくなっていくと体験される方もおられるのです。
 クライアントがこの体験をするというのも大切なことだと私は考えています。完全に不安を払拭してから受けようというのは、もしかすると損失ではないかとさえ私は考えています。
 それでも、私としてはクライアントの方々には安心してお越しいただければと願っています。一方で、不安とか心配ということも当然生じるものでもあると理解しています。従って、不安に思うこと自体は何もおかしなことではないのです。その不安のほとんどは後に消失することも多いということを知っていただければと思います。

 ここまでのことを少しまとめておきます。
 前述のように、「どのようなところですか」というこの質問は、問われている内容があまりにも広すぎて、漠然としていて、しかも多義的なのです。ある意味ではとても「神経症」的な問いの仕方であるのです。
 だから、質問者がどういうことを訊きたいのかが不明確なのです。場所を知りたいのか、室内を知りたいのか、システムを知りたいのか、あるいは面接の内容や形式を知りたいのか、私のことを知りたいのか、どのようにも意味が取れるのです。
 そして、質問の受け手に、その質問がどういう意味であるかの決定を委ねているという、そういう類の質問のように私には思われるのです。その意味で「神経症的」な質問だと言えるわけなのです。
 従って、この質問にどう答えるかよりも、質問者がそのようにしか質問できないという点にその人の抱える「問題点」があるように私は考えています。

 ところで、質問者はこの質問をすることによって不安や警戒心が多少なりとも和らぐものでしょうか。私には疑問です。却ってそれらを強めてしまうこともあるかもしれません。
 従って、私は個人的に思うのですが、この質問は質問者の役に立たない種類のものであるかもしれないのです。自分が安心したいために質問を発するのだけれど、いくらそれをしても望むような安心が得られないということになるのではないかと思うのです。恐らく、この質問を発する人の中には、その人の生活全般にわたってそういうことが見られているのかもしれません。
 一番確実なのは、私の所がどういうところなのか興味があるのなら、実際に来談してみることだと思うのです。しかし、私がそれを言うと、あたかも「勧誘している」かのように見做されるので、少し控えているのですが、次のことだけは申し上げておきたいと思います。
 つまり、質問者がどういうことを不安に思っているのかを表明することなしに、私にその不安を鎮めるような情報を求められてもどうしようもできないのです。恐らく、一人一人が不安に思っていることに違いがあるでしょう。できることなら、「どういう所ですか」に対して、「あなたは何を心配していて、何を恐れていますか」と尋ね返したいくらいなのです。
 この問いを発する人に対して、実際にそのように問い返しても、私の経験では、多くの場合、きちんとした答えが返ってこないのです。自分でもなにを不安に感じているのか分かっていないのか、それとも具体的に質問することを恐れているのか、あるいは私に対して遠慮しているのか、もしくは「こんなこと質問するに値しない」と自己卑下されているのか、その理由はわかりません。
 結局のところ、具体的な内容なり情報なりがもう少しいただけない限り、私はどうにも答えようがないというのが私の本音であります。つまり、もっと具体的なレベルの話し合いに入って行きたいということなのです。

 最後に、「そちらはどういうところですか」という問いに対して、「私の所の何をお知りになりたいのでしょうか」と問い返すこともあります。
 その時に、質問を具体化できる人もあれば、そうでない人もあるのです。
そう問い返されて、「ああ、そちらがこれこれこういう所なのかと思って電話してみたんですが」などと具体化できる人というのは、自分が曖昧な質問を発したということに気づく人なのだと思います。
 問い返されても、「いや、だからそちらはどういう所なんですか」などと具体化できない人は、その人の中でははっきりとした質問をしているのだと信じられているのかもしれませんが、問い返す私を「分からず屋」だと思う人もあるようです。困った人たちであります。

(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)