<Q000>なぜQ&A欄を設けないのですか

<Q000>「なぜQ&A欄を設けないのですか?」

(1)はじめに
 ブログと並んで別バナーで展開していた「Q&A」欄ですが、このたび、管理の関係上、本サイト側に移動することにしました。
 以前もそうでしたが、ここでは皆様のご質問にお答えするというコーナーにはならないでしょう。そして、私はそういうことはしないと決めております。その理由は後に述べることにします。
 この欄では、私が日々の仕事で出会う疑問や、クライアントや関係者から発せられる質問に対して、私なりに答えてみたいものを選んで、回答してみようとするだけであります。
 従って、述べられることの中にはサイトの各テーマで述べられていることと重複する箇所もあるでしょうし、個々の質問において共通する事柄があれば、そこでもまた重複が生じることになるでしょう。少し煩わしいものになるかもしれませんが、できるだけ各ページで完結したいと思いますので、それもやむを得ないことと思っていただければと思います。

(2)Q&Aに関して
 過去にいくつか、こういう欄を設定したらどうですかと提案されたことがあります。たいていはサイトを制作する立場の方々からの提案です。そうした欄を設けるとアクセスが増えるだろうと見込んでいるだけなのだと私は思うのですが、何よりも、こうした「Q&A」の類のものは人様のお役に立つものにはならないと私は考えていますので、乗り気にはなれませんでした。
 他のカウンセラーさんのブログやサイトも拝見させてもらったことがあるのですが、時折、こうした「あなたの質問にお答えします」的なコーナーが設けられているのを見かけます。まあ、親切で、殊勝な心構えでお仕事をされているのだなあと、尊敬したくなる気持ち半分、どこかで「そんなことして何の意味があるのだろう」と軽蔑しているような気持ちが半分といった感情体験を私はするのです。
 そこでの問題点は何かと言いますと、質問者は自分の抱えていることの「答え」を知らず、回答者はその「答え」を知っているという図式が両者の間に成立してしまうことにあります。この関係性が先に形成されてしまうのです。また、この時、質問者はただ質問するだけで、自分自身の何かを振り返ったり、体験したりする機会が与えられずに終わるのです。
 さらに、その「答え」というものは、質問者の中から出てきたものではなく、回答者の中にある「答え」なのです。質問した側の人から生まれ出たものではないのです。新聞とか雑誌なんかの「人生相談」の類もすべて同じ構図を有していて、私の個人的な意見では、あんなものに投稿する人の気持ちが知れないのです。専門家の中にある「回答」なんて、自分にはほとんど無意味であるということに多くの人は気づくべきだと私は思うのです。
 それに加えて、私がそういうことをしたくないのは、質問する人の中には次のような人もおられるだろうと思うからなのです。少し意地悪なことを言うようで申し訳なく思うのですが、質問を専門家に寄稿して、その「答え」が自分の意に添わないものであったりした場合、それに対して不平不満を言い散らかす人もあるだろうと私は思うのです。「答え」が気に食わないとか、専門家としてダメだとか、安易に答える専門家を軽蔑したりとか、自分から質問を寄こしておいて、答えてくれた専門家に対してそういったことをする人たちがおられるものだと私は思います。
 専門家が親切心で回答したとしても、それに対して反抗したがる人がどこにもいるものなのです。そうすると悲劇なのは専門家の方であります。一文の得にもならないような作業で、時間と労力と知識をかけて回答してあげて、それで感謝されることもなく、逆に悪い評判をばらまかれたりすれば、それこそ本 当に悲劇である。
 そういう人たちばかりではないだろうと反論されるかもしれません。私もそう思います。一部の人だけがそういうことをするのでしょう。でも、真の問題はそれをする人の側にあることなのに、その人と無関係の専門家が槍玉に上げられてしまう場面を目にする機会も私にはあるのです。
 また、「Q&A」とか「人生相談」の類は、質問者によって、その質問者自身が抱えている問題とか「症状」の維持のために活用されてしまうということもよく見かけることなのです。もちろん、本人はそういうことを自覚していないだろうとは思います。このこともまた、私が「Q&A」なんて意味がないと考えることになった一因なのです。
 もし、日々の仕事の中で質問を寄こされたとしたら、私はできる限りそれに応じるようにはします。ただし、私の経験ではそれで一度も感謝されたことなどありません。それに、大抵の場合、寄こされる質問は答えることが不可能な類のものであったりもします。それに答えるには多くのことを私が知らな過ぎるのです。つまり、あなたが質問を寄こすとします。私はあなたのことを知りません。だから、私はあなたの質問に対して、あなたという人間を抜きにして、あなたに答えるしかないのです。あなたは自分抜きの、自分以外の人たちの答えを受け取るようにそこで求められてしまいます。だからあなたがその回答に対してお怒りになられたとしても、あながち理由のないことではないのです。質問と回答に非があるわけではなく、両者の間に成立している関係の在り方がそもそも正しいものではないからだと、私は考えています。

(3)「Q&A」各欄の構成について
 以降、いくつもの質問などに対して、私は私の考えているところのものを綴っていくことになるでしょう。
 どんなふうに綴っていくかは、おそらくその都度異なることもあるでしょう。でも、基本的に、次の4段階で進めていこうと考えています。
 まず、質問があります。<Q>と表記します。この質問が表題になります。
そして、その質問がどういう状況で発せられたものであるかを最初に述べます。<状況と背景>と表記します。同じ質問であっても、その質問を発する人、それが発せられる状況などによって、その質問の意味しているところのものが異なることがあるからです。
 次に、その質問に対して、私の考えを述べます。これはあくまでも私の個人的な考えであって、決して「正解」のようなものではないということはお断りしておきます。ここは、一応、先の<Q>に対して<A>と表記されます。
 最後に、いくつか補足的なことを記述したいと思います。質問によっては、この部分は省略されている場合もあるでしょうし、非常に詳細に亘ることもあり得るでしょう。この部分は<補足と説明>と表記します。
 つまり<質問(表題)>があり、<状況と背景><回答><補足と説明>という構成をとることになりますし、その順番で記述していくことになります。

(4)いくつかの補足
 質問に関しては、前述のように、私が日々の仕事の中で現実に遭遇した質問や、あるいは私が答えてみたいと思う事柄を取り上げることになるでしょう。
 また、先ほど述べたように、同じ質問は人や状況によって違った意味合いを持つこともあるので、その場合、同じ質問であっても別個の質問と捉えて回答してみるということも生じるかと思います。
 さらにややこしく聞こえるかもしれませんが、一つの質問に対して、幾通りもの回答があり得るという場合も生じるでしょう。そもそも心に関する事柄というのは、問いと回答が一対一で対応しているというような領域の話ではないからです。その場合、一つの質問に対して、別個の回答として複数回に分けて記述するということも生じるかもしれません。
 そこで「質問の説明」の必要性が出てくるというわけです。それがないと、さっきの問いではこう答えていたのに、質問は同じでありながら今度はこんなことを言っているなどと、読む人を混乱させてしまいかねないからです。
 また、以前の<Q&A>にも取り上げた質問を再度取り上げることもありますが、それでも新たに書いてみようと思いますし、新たに何かを付加していこうと考えています。また、前回は取り上げていたけれど今回は割愛する質問もあるでしょうし、新たな質問を取り上げることもあるでしょう。
 それぞれは独立したページになります。つまり、Q1から順に読んでいくような類ではなく、質問がタイトルになっているので、興味ある質問項目だけを読んでいただいて差支えないように記述しようと思います。また、関連する項目があれば併記しようとも考えていますので、併せてお読みいただければと思います。

(5)「あなたの『答え』はない」ということについて
 最後にもう一点だけありますので、もう少しだけお付き合いしていただきたいと思います。
 質問は、現実にお会いした方からもそうでない方からも受け取ります。回答する際には、その人の個人的な事柄にはできる限り触れないようにします。もし、質問の性質上、そういう事柄に触れざるを得ないというような状況が生じた場合、その人の個人的な事柄はできる限り省略したり、一部をアレンジしたりします。
 同様に、質問の言葉も、その人が直接語った言い回しではなく、できるだけ中立的な文章に書き換えて提示します。
 以上の諸点をご理解していただいたうえで、それでも読んでみようとお思いになられましたら、ご自身の責任において、お読みください。あなたの参考になるようなことがあればいいとは思いますし、あなたの抱いている質問と同種のものが取り上げてあればいいとは思いますが、あなたの「答え」は決してどこにも載っていないことだけは請け合います。

(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)